嘘と欲求

 覚えられる自信がないと意気消沈しそうになったところで、電光石火の如く閃きが落ちた。そうだ。スマホがあるではないか。スマホで撮って保存しておけば、忘れてしまっても思い出せるではないか。今更画期的な道具の存在に気づくなど、なんて自分は馬鹿なのだろう。あれだけ写真を撮ろうと息巻いていたのに。

 本を持ったまま腰を上げた翔真は、机と机の間を縫って最前列の自席へ向かった。制服を弄りスマホを引っ張り出すと、すぐにカメラを開いた。そこで一旦、辺りを見回した。変わらず人の姿も気配もない。翔真はまた自分の世界に戻る。

 対象にスマホを翳した。手が異様に震えていた。なかなかピントが合わない。翔真は本を机の上の空いたスペースに置いた。ページが閉じないよう指先で固定する。スマホを持つ手に集中する。息を止めた。襲いかかる震えを蹴散らそうとした。苦しくなった。ピントを合わせた。画面下にある白い丸を親指で押した。シャッター音。きょろきょろする目。流れる汗。苦しさが増した。慌てて息を吸った。手の甲で汗を拭った。本のページが自動的に閉じた。ゆっくりと息を吐いた。

 緊張感が抜けない中、翔真は撮影したばかりの写真を確認する。ブレてはいない。問題なしだ。これでもし読み方を忘れてしまっても、焦る必要はなくなる。画像を消去しない限り、いつでも見られる。

 微かな安心感を覚え、僅かな余裕が生まれた翔真は、今度は表紙を見てみようと更なる欲をかいた。閉じた本に触れ、常に立ちはだかっていたカバーを慣れない手つきで剥ぎ取る。

 血液で書かれたようなタイトルと、首のない石像が目に入った。石像の背中には大きな翼が生えている。全体的におどろおどろしい雰囲気だったが、どこか神秘的な印象も受けた。不思議な感覚だ。白を基調としており、シンプルでありながらも一際目を引く表紙だとも思った。念のため、この表紙も撮っておこうと翔真はスマホを翳す。