嘘と欲求

 読めなかった。一部の漢字が、翔真には読めなかった。読書慣れしていない上に漢字の読み書きも弱い翔真には、読めなかった。ただ物騒な意味の漢字であるのは想像できる。タイトルの読み方が分からなくとも、字面から受ける印象は禍々しいものだった。

 この本はホラー系だろうか。伊織はホラー系が好きなのだろうか。傾向を分析するには圧倒的にデータが足りないが、ひとまず、伊織は怖そうな本を読んでいると脳内メモを取っておく。タイトルは読めなくとも、一歩、否、二歩も三歩も前進できる貴重な情報だ。ようやく手に入れた情報だ。翔真は小躍りしてしまいそうになった。

 求めていたものの一部を入手して意気揚々としてしまう翔真だったが、心が満たされたのは数秒間だけだった。全体の一部分だけでは足りないものがある。どうせなら、タイトルの読み方も知りたいと思った。知れば秘密の輪郭が今よりもはっきりするのではないか。

 どこかにルビが振ってはいないかと紙の束をぱらぱらと捲る。活字だらけだった。読書をする習慣がない翔真には、まるで解読できない暗号のような文字に見えた。特定のページを開いて目を通そうとしているわけでもないのに処理しきれず、酔ってしまいそうになる。

 途中、伊織が挟んでいた栞に引っかかった。半分近くは読み終えているようである。栞は広告付きの紙ものだ。拘りはなさそうだと素早く頭に叩き込む。

 左手に感じていた紙の厚さがなくなり、最後の方で目的のページを見つけた。奥付と呼ばれるページであった。翔真は本を顔に近づけ、ルビが振られたタイトルを記憶するようにぶつぶつと呟く。

「さつりくにいたるやまい。さつりく。さつりく。さつりく」

 馴染みのない読みを復唱するも、馴染みがないためにすぐ忘れてしまいそうだった。別のことを考えたら分からなくなりそうである。