嘘と欲求

「西原の言い分は分かった。犯人探しをするつもりはないから、一緒に探す必要はないよ。時間、取らせたね」

 伊織は一方的に切り上げ、それ以上は何も言わなかった。翔真に返答も求めなかった。自分から呼び出したのに、伊織は無慈悲に翔真を置いて踊り場から立ち去る。一度も翔真を振り返らなかった。

 取り残された翔真は、何とも言えない後味の悪さを感じた。深く追及されずに済んだのはよかったものの、晴れてほしかった疑念は恐らく晴れてなどいない。かけられた容疑を全力で否認する翔真の言葉を信じた人間の言動ではなかった。

 伊織は翔真の言い分を理解しただけだ。翔真を信じるとは言っていない。信じてくれたのなら、猜疑の目を向けてしまったことを謝罪してくれるのではないか。伊織からは、そのような一言など一切なかった。

 まだ疑われている。きっと警戒もされている。犯人だと決めつける発言はなかったが、もしかしたら伊織の中ではほぼ確定しているのではないか。誤魔化すのが下手すぎる翔真を見て、確信しているのではないか。

 陰でこそこそしていることを指摘されて、認めていると言わざるを得ないような慌てぶりを見せられながら否定されたとて、信じられるわけがない。酷い慌てぶりを発揮した翔真自身が思うのだ。信じる人間の方が稀有である。

 それでも翔真は、あのような様でも黒を白に変えられるのではないかと本気で思うくらいには必死だった。必死に隠そうとしていた。結果は言わずもがな。無駄な抵抗だった。

 伊織に違和感を持たれ、その正体は此奴なのではないかと怪しまれてしまった以上、決めたばかりの今後の立ち回りを再び考え直す必要がありそうだ。

 翔真は小さく溜息を漏らしながら階段を上った。文字だけのSNSでは取り乱さずに嘘を吐けてしまえるのに、現実ではからっきしダメな自分が心底嫌になった。