嘘と欲求

 親友として伊織のことを呟くのなら、もっと伊織の情報がいる。適当にでっちあげる手もあるが、事実を投稿した方が信憑性は増すはずだ。伊織が読んでいる本のタイトルや好みのジャンルは、貴重なデータになり得るものだった。親友なのだから。親友の好みを知らないなど不審に思われる。

 授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。翔真は一旦伊織から目を離す。見すぎて視線を感じ取られてしまってはならない。存在に気づかれ、警戒されてしまったら思うように動けなくなる。伊織の意識の中に、自分はいない方が都合が良いのだ。

 教科担任が教室に入ってきた。学級委員が号令をかけ、授業が始まる。数学である。翔真は教科書やノートを開きつつ、再度伊織に目を向けた。しかし、ちょうど人と被ってよく見えなかった。チャイムが鳴って目を離す直前までは空いていた席が埋まっているせいだ。

 翔真は邪魔だと思いながら前屈みになる。伊織の長い指先が教科書のページを捲っている。見開きの中央を手で軽く押さえてから、伊織は筆箱からシャーペンを取り出して握った。軸が黒く、シンプルでクールなデザインだ。

 不自然な前傾姿勢で伊織を見ていると、横から視線を感じた。隣の席の人に怪訝そうな目を向けられているのに気づき、翔真は内心で焦りながらもしらばっくれるように姿勢を元に戻した。教科書を見るふりをして平静を装うが、目はうろちょろと忙しなく泳ぐ。

 見られていた。気まずい。恥ずかしい。身体の内側が異様に熱い。伊織に警戒されるのはもちろんのこと、クラスメートからも変に思われたくはない。悪目立ちする噂でも流されてしまったら堪ったものではなかった。伊織を眺める際には周りにも注意しなければ。地味で存在感が薄いとは言え、気づかぬうちに見られているかもしれないなら気は抜けない。

 緊張感が全身を駆け抜ける。隣の人は既に翔真に興味を失くしたのか、前を向いて教師の話を聞いていた。翔真もようやく授業を受ける姿勢になったが、頭の片隅には伊織が居座り続けていた。