嘘と欲求

 そうして自己嫌悪に陥って、次に来るのは虚無感。しかし、時間が経てばまたネットの海に飛び込んでしまう。再び息苦しくなった時に垂涎していたいいねが届いた。それまでなぜかしていなかった画像付きの投稿に押されたいいねが、死にかけていた翔真に酸素を送った。同時に、見えていなかった新たな道を作り出した。

 やはり、画像だ。画像を載せた方が良いようだ。どうしてこんな単純明快なことに気づかなかったのだろう。もっと早く気づいていれば、もっと早くいいねが貰えて、もっと早く画像を利用する方法に移行できたかもしれないのに。

 一つのいいねで味を占めた甘っちょろい翔真は、これまでの方針を変えてみることにした。載せる画像は、伊織と揃いのシャーペンのように伊織に繋げられるものか、あるいは伊織本人を映したものか。翔真が望んでいる反応がすぐに得られそうなのは後者の方だろう。伊織はイケメンなのだ。そこは全く嘘ではない。

 それでも誰の目にも止まらないのは、ただイケメンと呟くだけでは信憑性に欠けるからかもしれなかった。文字だけならいくらでも嘘を吐ける。親友ではないのに親友と嘘を吐けるのと同じように。よって、伊織の画像を載せた方が良いのではないかという結論に至った。伊織の容貌を映した画像を載せれば、面食いの人たちが目敏く見つけ、きっと騒いでくれる。自分は、その伊織と、ルックスの良い伊織と、親友なのだ。

 しかし、実行に移すには一つ問題点があった。どのようにして伊織を本当の親友っぽく撮るかである。妙案を思いついたはいいものの、それらしく撮るのは少々難易度が高い。

 徐々に興奮が冷めていく感覚に陥る。来るかどうかも分からないチャンスが来るまでは、自分にできそうなことから順に進めていくしかないのかもしれない。できそうにないことは無理してやらない。翔真のささやかな理念である。

 展開を焦ると確実にへまをする。伊織本人よりも、伊織に関連づけられるものから詰めていくのが安全か。結果的には、いいねが貰えたら何でもいいのだった。