嘘と欲求

 脳味噌をぐちゃぐちゃのミンチにしただけで何も回答が出ないまま、足は伊織を追いかけている。視線の先には文房具売り場。文房具売り場。文房具。そこで翔真は閃いた。

 そうだ、文房具だ。文房具を買いに来たことにすればいい。そうすれば、本を読まない人間が入店したとて不思議はない。そのついでで、買うつもりはないがちょっとだけ本を見てみようと、書店のメインの売り場を回っていたことにすればいいのだ。妙案である。

 翔真はそのような経緯を裏の設定にした。もしもの時の誤魔化し方法である。アドリブは弱いのだ。

 緊張した面持ちのままの翔真は、伊織が向かった先へ行こうとして、ふとその足を止めた。文庫売り場の正面に伊織がいる。伊織は商品を手にして裏表紙のあらすじを見ているようだ。

 こちらからは何を手にしているのか分からない。表紙が見えたらと若干腰を屈めて下から覗き込むようにしてみたが、へっぴり腰の不細工な格好になっただけで何も得られなかった。意味のない動作である。数冊の本を持ってレジへ行く客には怪訝な表情で見られてしまった。目が合った翔真は顔を隠すように咄嗟に俯きつつも、何事もなかったように姿勢を正した。

 レジの方から聞こえ始めた店員と客のやり取りを耳から耳へ流す。そうしながら目的の伊織を改めて見ると、伊織は一旦商品を戻し、別の商品を手に取っていた。見つめる先は裏表紙のあらすじ。購入するか否か即決する気配はない。しばらくはその場所に居座るかもしれない。

 翔真は店員と他の客の動きを窺った。翔真を気にしている人は誰一人いないが、伊織をじっと見続けるのも、伊織の周りをうろうろするのも、流石に怪しまれてしまうだろう。

 不審な行動が続くと、店員に万引き犯ではないかと警戒されてしまう恐れもある。故に、本の表紙を見るのはひとまず脇に置き、変な客認定されないように文房具売り場に逃げ込んだ。ここからならレジも見える。伊織が通ればすぐ分かる。文庫の正面からいなくなるまでは待機だ。