嘘と欲求

「最悪、めっちゃ前の席なんだけど」

「でもうちら近くじゃん。やったね」

「前の方でこの三人固まるとか奇跡すぎない?」

 最悪な席を引き落ち込んでしまう最中、近くで女子生徒三人の会話を耳にした。伊織の行方ばかりに気を取られ、教室で無事に生きるためにはそれなりに重要でもある隣や真後ろの席が誰なのかを見落としていた。女子生徒の声は近い。自覚してしまうと、途端に嫌な予感が胸を覆い尽くした。

 翔真はそろそろと顔を向けた。まずは左、女子。通り過ぎて左斜め後ろ、女子。振り返って真後ろ、女子。その周りにも数人の女子。女子ばかり。

 息苦しくなるような事実を確認して、翔真は速攻で前を向く。予感は的中してしまった。完全に囲まれている。残念ながら、生きにくい席だ。軽くハーレム状態でへらへらにやにや喜ぶ男子など、女好きの変態か生粋の変態だけである。翔真はただただ暗鬱な気持ちだった。

 時間を巻き戻してしまいたい。誰かと席を交換してしまいたい。当然承諾されるはずもない要望だ。誰が最前列を引き当てた人間と席を交換したい、または交換してもいいと思うのか。そんなのは、頼まれたことを断れないお人好しだけではないか。

 仮にもし、不正するかのように入れ替えを行えたとしても、一番後ろに伊織がいる時点で何をしても無意味である。するのなら伊織本人と交代するしかない。伊織と同列になって横顔を眺め続ける手もあるが、それはそれで不自然極まりなかった。やはり後ろからが最も安全なのだ。

「はい、それでは、しばらくの間はこの席順でいきましょうか」

 全員が移動し終えると、すたすたと教卓の前に立った担任が短く一言でまとめた。翔真のように望んだ席を引けなかった生徒の嘆く声が未だに響くが、運ですからね、と担任は嫌味なく笑んで軽く流した。

 そうだ、運だ。運なのだ。そんなことは分かっている。自分の運があまりにも悪すぎたからこそ、伊織の情報を簡単には得られなくなってしまった上に、話したことなど一度もない女子に囲まれてしまったのだ。くじを引く際に急かすような真似をしてみせた男子生徒を恨むのも、黒板に責任重大な数字を軽い気持ちでランダムに書き入れた担任を恨むのも、どう考えてもお門違いである。

 翔真は一度ぐしゃぐしゃに握り潰した紙を意味もなく広げた。歪んだ数字を見下ろし、黒板を一瞥する。そしてまた、不満を漏らすように乱暴に握り潰して机の上に放った。