嘘と欲求

 失った信頼を取り戻すように地道に距離を縮められれば、感情を表に出さない伊織が喜怒哀楽を見せてくれるようになるかもしれない。多くのクラスメートが誰かと当たり前に結んでいる関係性に、いつかなれるかもしれない。初めて、友達と呼べる人ができてしまうかもしれない。

 期待に胸が膨らんでいく。全て友達がいないが故の翔真の願望だった。きらきらした眩しい装飾を施し、尚且つ都合の良い部分だけをピックアップした綺麗な物語を作っているに過ぎなくとも、妄想するのは自由だ。

 口を噤んでさえいれば、嘲笑されない。引かれない。気持ち悪がられない。嘘の関係性と嘘の出来事をSNSに投稿し、共感を得ようとする馬鹿な真似は、もうしない。

 抱いた願望を現実に近づけるためには、連絡先の追加が必須だった。これ以上懊悩する理由がどこにあるのだろう。破れない。捨てられない。既に答えは出ている。

 翔真は決意が揺らがないうちにスマホを引っ張り出し、メッセージアプリを開いた。邪念に侵食される前に素早い指捌きで番号を打ち込み、連絡先を追加する。止まらなかった。止まらないようにした。途中でブレーキを踏むと、再び逡巡の波に飲み込まれて終わりだ。

 心臓が早鐘を打っていた。指先が小刻みに震えていた。家族の名前しかなかった寂しいリストに、家族でも何でもない伊織の名前が追加されている。

 熱に浮かされたような感覚に陥った。伊織と繋がりを持った。ここから、本物になれるかもしれない。嘘が本当になるかもしれない。良くも悪くも正直に、何でも言い合えるような親密な仲に。唯一無二の、親友に。

 伊織にメッセージを送ろうと、翔真はトーク画面を開いた。文字を打とうとするが、突然見えない壁にぶち当たったみたいに指が不自然に止まってしまった。

 何と送ればいいのだろう。難しく考えず、よろしく、とでも送ればいいのだろうか。指を滑らせるが、いや、そんな馴れ馴れしい距離の詰め方はできない。翔真は打ったばかりの文字を慌てて消した。