嘘と欲求

 猫背になって小さくなる翔真は、緊迫感から顔を背けようと伊織の部屋に意識を向けた。首はあまり動かさず、目だけで見回す。ベッドやクローゼット、勉強机などの大型家具が、部屋の面積の大半を占めている。中でも最も目立っているのは、クローゼットよりも横幅がありそうな大きな本棚である。

 大量の本が整然と並べられている。読書をする習慣のない翔真は、その量に圧倒され凝視してしまった。遠くにあるものを見るように目を細めてみても、本のタイトルはこの位置からでは読めない。翔真が思い切って買った二冊と同じ本がどこに並んでいるのかも見つけられない。

 自然と顔が険しくなる。タイトルを載せた様々なデザインの背表紙たちが、こちらを見つめ返しているような奇妙な感覚に陥りかける。翔真は本の圧に負けじと、たった二冊のタイトルの、初めの単語を繰り返し思い浮かべた。『殺戮』『成瀬』『殺戮』『成瀬』『殺戮』

「『成瀬』、面白かったんだね」

 ビクッと肩が揺れた。本棚から伊織へ、一瞬にして意識が移動した。声もなく目を見開く翔真を見ても、伊織は表情を変えない。

 心臓が爆音を立てている。自分の思考と伊織の発した言葉が綺麗に重なり、そんなはずもないのに頭の中を覗き見られていたのではないかと焦った。右へ左へ目が泳いでしまった。

 脈絡も気配もなく突然話しかけてきた伊織にどぎまぎしながらも、脳内で伊織の台詞を反芻した。『成瀬』、面白かったんだね。

 確かに、面白かった。読書に親しんでいない翔真でも、飽きずに最後まで読み切れた。読み切れたが、その旨を伊織に話した覚えはない。購入報告も、勧めてくれた伊織本人にした覚えはない。SNSで呟きはしたが、伊織には、とぐるぐると思考が渦を巻き始めたところでハッと閃いた。

 そうだ。SNSだ。翔真は伊織に自身が動かしていたアカウントを見せたばかりだ。炎上した投稿を詳細表示してからスマホを渡したが、操作すれば他の投稿も簡単に閲覧できる。伊織は目にしたのだ。自らが勧めた本に関する翔真の投稿を。