嘘と欲求

 不恰好な前屈みの姿勢のまま伊織を見遣った。顔色に変化はない。声色も普通。躍起になって伊織の元へ駆け寄り、自ら声をかけた翔真の行動を珍しいと表して馬鹿にしているわけでも、揶揄しているわけでもなさそうだった。嫌味を言っているわけでもなさそうだった。

 ネット上で燃え上がっているにも拘らず、伊織は冷静すぎるのではないか。なぜ、少しも取り乱さないのか。翔真の投稿のせいで炎上したのに。殴ろうと思えば秒で殴れる距離に、元凶が立っているのに。罵声を浴びせたり、文句を言ったり、暴力を振るったり、手のひらを返したりできるのに。伊織は何もしてこない。する素振りもない。

 伊織との温度差や認識の食い違いを感じ、翔真は黙りこくってしまった。何かおかしい。何か変だ。気づかぬうちに炎上など起きていない世界に転送でもされてしまったのだろうかと、一瞬でも本気で疑った。そんなはずはなかった。

 ならばなぜ、伊織はほんの少しも顔色を変えないのか。変えずにいられるのか。伊織にとって炎上など、痛くも痒くもないのだろうか。翔真は堪えきれずに嘔吐するほどの大ダメージを受けてしまったのに。なぜ、伊織は。

「……あ、雨宮。な、なんで、なんでそんな、平然としていられるんだよ。俺のせいで、炎上、してるのに」

「炎上?」

「……いや、いやいや、なんだよ、その反応。え、し、知ってるだろ? 今、俺と雨宮、SNSで炎上してるって」

「何それ。全然知らない」

「え、し、知らない……?」

 格好悪く声が裏返った。咳払いで誤魔化しもせず、翔真は驚愕の表情で伊織の顔を見つめた。

 冗談を言っているわけでも、知らないふりをしているわけでもなさそうだった。伊織は翔真が招いた炎上を、殺人欲求を持っている犯罪者予備軍だとされ、自身がネット上で叩かれているのを、認知していないのだ。