そのキス、契約違反です。




【side 彩葉】






──数年後。






朝の光がカーテンの隙間からゆっくりと部屋に入り込んでくる。



いつもと同じ朝。

キッチンに立ってフライパンを火にかける。


卵が焼ける音、トースターが鳴る予感、コーヒーの香り。


こんなにも穏やかな朝を、私はもう“当たり前”みたいに生きている。


少し前の自分が聞いたら信じられなかったかもしれない。

血の匂いも、緊張も、命の重さもない朝なんて。



「ままぁー!」



元気な声と同時に、どすんと軽い衝撃。


次の瞬間、足元に小さな腕が回って、ぎゅうっとしがみつかれた。

 

(あお)、ちょっと待って。まだ火使ってるから」

 

そう言いながらも、思わず笑ってしまう。

だって、朝起きて一番にこうやって抱きついてくるのは、毎日のことだから。



「やだ、待たない〜」

 

無邪気な声。
 
……その、すぐあとだった。



「……俺より先に抱きつくな」



後ろから、不機嫌を隠そうともしない声が落ちてきた。

振り向くと、スーツ姿の蓮がネクタイを締めながらこちらを睨んでいた。