そのキス、契約違反です。




後ろから、彩葉の腕が回ってきた。


振り返ると、泣き腫らした瞳で怯えながらも、それでも俺を心配するように見上げている。



その視線を受けた瞬間、時が止まったみたいに息が詰まる。



……俺は、今、何をしている。



倒れている相手は、もう動けない。

脅威は排除されている。



それでも拳を振り上げている自分は、誰のため?

彩葉を守るため?



………また、だ。
 

これは、ただの怒りだ。

ぶつける場所を失った、暴力だ。


こうなった時、いつも俺は止められるまで相手に怒りをぶつけてしまう。



ぎゅ、と後ろから抱きしめる力が強くなる。


拳をゆっくり下ろした。

震えているのは、怒りのせいか、それとも──自分自身への嫌悪かはわからない。



この強さは、こんなことに使うべきじゃない。


怒りをぶつけるためじゃなくて、守って、それで抱きしめてあげられたらいい。



さっき、榛名は言った。

“「彩葉に恨まれてでも彩葉を守る覚悟がある」”



……不器用な俺には、同じやり方はできない。



だから、別の形でいい。


彩葉が安心できる場所になりたい。

強がらなくていい場所、本音を零しても大丈夫な場所に。



一人じゃなくて、ふたりで。

隣に並んで、ちゃんと前を向いて歩けるように。