「彩葉?」
名前を呼ばれて、はっと我に返った。
気づけば教室にはもう誰もいなくて、静かな空間に残っているのは私と蓮さんの二人だけ。
「何ですか?」
「何って、次体育だから着替えだろ」
蓮さんの手元を見れば、体育着の袋。
……あ、どうしよう。
男子更衣室なんて絶対に無理だし、女子更衣室ももちろん入れない。
つまり、共用トイレかどこかでこっそり着替えるしかない。
でもここで変に拒否したら怪しまれるし……。
「……あー、先行っててください」
とっさに口から出た言葉は、自分でも不自然だと思うくらいぎこちなかった。
「は?なんでだよ。いつも絶対一人で行動させてくんねぇのに」
いや、なんでこういう時だけ鋭いの!?
いつもみたいに「置いてくぞ」って先に行ってくれればいいのに……
「……その、刺青があって……?」
動揺を隠すために口にした嘘は我ながら雑すぎた。
ほんと、これ以外思いつかなかった。
「………………は?」
短い沈黙のあと、低い声が落ちてきた。
眉がぴくりと反応して、その視線に心臓が速くなる。
……完全に怪しまれてる。
「だから人前では着替えたくない、っていうか……!」
蓮さんはしばらく黙ったまま、じっとこちらを見つめてきた。
その視線が妙に鋭くて、視線を逸らす。
やっぱり無理があったかな……!?
「……ま、いいけど」
でも、ため息をひとつ落として、蓮さんはこれ以上言及してこなかった。
その瞬間、肩の力が一気に抜ける。

