目を開けると、知らない天井が見えた。
「ここは......」
ゆっくりと起き上がる。
私の目の前に三人の男の子がいた。一人は黎くん。他二人は。知らない子だ。
「稀代の新入ちゃんが起きたんだぞ!」
「???」
緑色の髪の男の子が私の手を掴んで握手をした。手を大げさに振る。
「黎くんから新しい部下ができるって聞いて、楽しみすぎて夜しか眠れなかったんだぞ!」
ソファに座りながら扇子を手の中で弄んで話す男の子。
「あ、俺は草坪。黎くんと同じで特官なんだぞ」
特官とは、特別回収官の略語らしい。いわゆる、国家公務員というやつだと教えてくれた。
草坪くんは、この三人の中で一番最年長なんだとか。
「最近はずっとこの三人で対応してたから来てくれて嬉しいです。あ、僕は利津です」
赤髪の利津くんが丁寧にお辞儀した。
「人手が増えて嬉しいんだぞ!!」
「前回の新入りはざっと二百年前くらいだね」
「三日くらいで逃げ出しましたよね」
(最近....?)
「三日で辞めたって……そんなに大変なの?」
思わず聞き返すと、草坪くんは「いや〜それがさぁ」と大袈裟に手を振りながら笑った。
「最初の現場で亡者に追いかけられて、心折れたんだぞ!あの子、『これバイトって聞いてたのに!』って泣きながら帰った。いや、バイト感覚で来るのが間違いなんだぞ」
草秤くんがソファの背に片肘をつきながら、ため息をつく。
「バイト感覚……」
口の中で小さく繰り返すと、草坪くんはうんうんと頷いた。
「そうなんだぞ!死んでも大丈夫な奴以外は気をつけたほうが良いんだぞ!」
「……そんな人、いるの?」
「俺と黎くんと利津くん!」と胸を張る草坪くん。
どう見ても普通の人間の体格なのに、満面の笑みで言い切るものだから、返す言葉に困る。
えっと、どうやら私も特官の仲間入りらしいです。
「あ、そうそう。鏡、見てみな」
黎くんが姿見を持ってきた。
鏡に写っていたのは、黒髪の女の子だった。
(......私じゃない)
自分の意思で動かせるけど、見た目は私じゃない。
「さて、そろそろ仕事内容の説明をしようか」
草坪くんの声に、利津くんが「頑張って下さーい」と手を叩く。
「仕事内容って……何をするんですか?」
(危険な仕事じゃなかったら良いんだけど......)
「人は死んだらあの世に行くだろ?それで、生前の行いによって天国か地獄か決まる。が、たまに見張りの目を掻い潜って人道に逃げる奴がいる訳なんだよね」
彼は扇子の先で壁際に吊るしてある飴色の振り子時計を指した。
「で、俺達はその逃げた亡者を捕まえて、元いた場所に送るんだぞ」
「つまり、死んだ魂の送り返しって訳ですよ。えっと、貴方のお名前は?」
利津くんが補足しながら、机の上に積まれた分厚い報告書を指で叩いた。
「美桜です。月島美桜」
「美桜さんみたいに判決を受けていない魂は一旦ここに連れて帰るんですけど......」
「なかなかの重労働なんだぞ」
草坪くんがため息をついた。
黎くんはソファから立ち上がり、室内をぐるりと見渡した。
「まず、回収対象が出たら俺達の端末に通知が来る。それから現場に向かって、逃げた亡者を確認、捕獲。そして地獄か天国に送り返す。だいたいそんな流れなんだぞ」
利津くんが追加する。
「記録整理や報告書作成も結構重要な仕事ですよ」
黎くんはスマホをいじって、画面を見せてきた。
そこには『亡者データファイル』という見出しと男性の顔写真。そして、何とか地獄(多分地獄の種類)、そして刑期五百年の文字。
「えっと......?」
「地獄の閻魔大王と俺達の上司が酒飲みながら考えた端末。『指一本で亡者の情報が見えるやつ!絶対に人道でも流行る!!』とか言いながら作ってた」
(そんなノリで......!?)
利津くんが机の書類を指さして補足する。
「報告書は端末だけじゃなく、紙にも残すんです。万一、端末が壊れた場合でも対応できるように」
「え……手書きですか?」
「まあね。でも書類の整理も、最初は基礎の仕事だから、すぐ覚えられるよ」
黎くんがにこりと笑い、何か思い出したかのように手を打った。
「それよりも、美桜はどうする?転校としての形なら現世の学校に通わせてあげることできるけど」
「え……?」
思わず聞き返す。
「月島美桜は死んだ。もし行くなら、偽名考えないとな......」
あのクラスのことを考えてみる。仲の良かった子達。
まだ、仲直りできていない。それに、私を散々イジメてきた人達に、まだ復讐できていない。
「あの、学校行きたい」
ぽつりと出た言葉に、部屋が一瞬静かになった。
草坪くんが目をまん丸にして飛び上がる。
「おおっ、本気か!?美桜ちゃん、青春フルコースだぞ!学校に通いながら特官って、超クールだぞ!」
利津くんは軽く笑ってから、書類の束をぎゅっと抱え直した。
「ただし条件は幾つかある。まず、身元は偽装する。現世の誰かの戸籍を乗っ取るような大それたことはしないが、転校扱いで書類を整える。学籍名は本名と似たものにして目立たないようにする」
黎くんの言葉に、胸がきゅっとした。――本名をそのまま使えないのか、と思いかけて黎くんの話を聞く。
「分かってる。お前の事情だ。元クラスメイトにバレないよう、こちらで“保護者”の名義と転校手続きを整える。詳しくは利っちゃんから説明聞いて。俺めんどい」
利津くんは丸投げする黎くんを半目で見ながら、具体的な話を始める。
「学校側には『事情ある転校生』という扱いで入れてもらえます。証明書類、保護者の契約書、そして通学用の身分証......諸々です」
ということで数日後。久しぶりに現代に戻ってきたのは良いものの......
「何でいるの......?」
「おぉ!この焼きそばパンってやつ、めちゃくちゃ美味だな......」
「いやー、家にあげてもらった上に飯まで貰って、悪いねぇ」
草坪くんはコンビニの袋をガサガサ漁りながら、頬張るように焼きそばパンを食べている。
黎くんはといえば、紙パックの牛乳をズズズッと音を立てて飲みながら、まるでここが自分の家かのようにくつろいでいた。
(ここ、私の家なんだけど......)
唯一の常識人である利津くんの方を見るが、彼は小さく肩をすくめるだけだった。
「……あの二人は結構がめついので……まぁ、頑張って下さい」
そう言い残し、さっさと帰って行った。
残されたリビングでは、二人がテレビを観ている。
その横で、私は考えることを放棄した。
元々この部屋は空き部屋だったので、私が大家さんと交渉して契約して、私の名義で借りた家なんだけど......どうしてこうなったのか、まるで分からない。
ちなみに偽名は苗字は変えずに『月島真白』という名前に決まった。
「ここは......」
ゆっくりと起き上がる。
私の目の前に三人の男の子がいた。一人は黎くん。他二人は。知らない子だ。
「稀代の新入ちゃんが起きたんだぞ!」
「???」
緑色の髪の男の子が私の手を掴んで握手をした。手を大げさに振る。
「黎くんから新しい部下ができるって聞いて、楽しみすぎて夜しか眠れなかったんだぞ!」
ソファに座りながら扇子を手の中で弄んで話す男の子。
「あ、俺は草坪。黎くんと同じで特官なんだぞ」
特官とは、特別回収官の略語らしい。いわゆる、国家公務員というやつだと教えてくれた。
草坪くんは、この三人の中で一番最年長なんだとか。
「最近はずっとこの三人で対応してたから来てくれて嬉しいです。あ、僕は利津です」
赤髪の利津くんが丁寧にお辞儀した。
「人手が増えて嬉しいんだぞ!!」
「前回の新入りはざっと二百年前くらいだね」
「三日くらいで逃げ出しましたよね」
(最近....?)
「三日で辞めたって……そんなに大変なの?」
思わず聞き返すと、草坪くんは「いや〜それがさぁ」と大袈裟に手を振りながら笑った。
「最初の現場で亡者に追いかけられて、心折れたんだぞ!あの子、『これバイトって聞いてたのに!』って泣きながら帰った。いや、バイト感覚で来るのが間違いなんだぞ」
草秤くんがソファの背に片肘をつきながら、ため息をつく。
「バイト感覚……」
口の中で小さく繰り返すと、草坪くんはうんうんと頷いた。
「そうなんだぞ!死んでも大丈夫な奴以外は気をつけたほうが良いんだぞ!」
「……そんな人、いるの?」
「俺と黎くんと利津くん!」と胸を張る草坪くん。
どう見ても普通の人間の体格なのに、満面の笑みで言い切るものだから、返す言葉に困る。
えっと、どうやら私も特官の仲間入りらしいです。
「あ、そうそう。鏡、見てみな」
黎くんが姿見を持ってきた。
鏡に写っていたのは、黒髪の女の子だった。
(......私じゃない)
自分の意思で動かせるけど、見た目は私じゃない。
「さて、そろそろ仕事内容の説明をしようか」
草坪くんの声に、利津くんが「頑張って下さーい」と手を叩く。
「仕事内容って……何をするんですか?」
(危険な仕事じゃなかったら良いんだけど......)
「人は死んだらあの世に行くだろ?それで、生前の行いによって天国か地獄か決まる。が、たまに見張りの目を掻い潜って人道に逃げる奴がいる訳なんだよね」
彼は扇子の先で壁際に吊るしてある飴色の振り子時計を指した。
「で、俺達はその逃げた亡者を捕まえて、元いた場所に送るんだぞ」
「つまり、死んだ魂の送り返しって訳ですよ。えっと、貴方のお名前は?」
利津くんが補足しながら、机の上に積まれた分厚い報告書を指で叩いた。
「美桜です。月島美桜」
「美桜さんみたいに判決を受けていない魂は一旦ここに連れて帰るんですけど......」
「なかなかの重労働なんだぞ」
草坪くんがため息をついた。
黎くんはソファから立ち上がり、室内をぐるりと見渡した。
「まず、回収対象が出たら俺達の端末に通知が来る。それから現場に向かって、逃げた亡者を確認、捕獲。そして地獄か天国に送り返す。だいたいそんな流れなんだぞ」
利津くんが追加する。
「記録整理や報告書作成も結構重要な仕事ですよ」
黎くんはスマホをいじって、画面を見せてきた。
そこには『亡者データファイル』という見出しと男性の顔写真。そして、何とか地獄(多分地獄の種類)、そして刑期五百年の文字。
「えっと......?」
「地獄の閻魔大王と俺達の上司が酒飲みながら考えた端末。『指一本で亡者の情報が見えるやつ!絶対に人道でも流行る!!』とか言いながら作ってた」
(そんなノリで......!?)
利津くんが机の書類を指さして補足する。
「報告書は端末だけじゃなく、紙にも残すんです。万一、端末が壊れた場合でも対応できるように」
「え……手書きですか?」
「まあね。でも書類の整理も、最初は基礎の仕事だから、すぐ覚えられるよ」
黎くんがにこりと笑い、何か思い出したかのように手を打った。
「それよりも、美桜はどうする?転校としての形なら現世の学校に通わせてあげることできるけど」
「え……?」
思わず聞き返す。
「月島美桜は死んだ。もし行くなら、偽名考えないとな......」
あのクラスのことを考えてみる。仲の良かった子達。
まだ、仲直りできていない。それに、私を散々イジメてきた人達に、まだ復讐できていない。
「あの、学校行きたい」
ぽつりと出た言葉に、部屋が一瞬静かになった。
草坪くんが目をまん丸にして飛び上がる。
「おおっ、本気か!?美桜ちゃん、青春フルコースだぞ!学校に通いながら特官って、超クールだぞ!」
利津くんは軽く笑ってから、書類の束をぎゅっと抱え直した。
「ただし条件は幾つかある。まず、身元は偽装する。現世の誰かの戸籍を乗っ取るような大それたことはしないが、転校扱いで書類を整える。学籍名は本名と似たものにして目立たないようにする」
黎くんの言葉に、胸がきゅっとした。――本名をそのまま使えないのか、と思いかけて黎くんの話を聞く。
「分かってる。お前の事情だ。元クラスメイトにバレないよう、こちらで“保護者”の名義と転校手続きを整える。詳しくは利っちゃんから説明聞いて。俺めんどい」
利津くんは丸投げする黎くんを半目で見ながら、具体的な話を始める。
「学校側には『事情ある転校生』という扱いで入れてもらえます。証明書類、保護者の契約書、そして通学用の身分証......諸々です」
ということで数日後。久しぶりに現代に戻ってきたのは良いものの......
「何でいるの......?」
「おぉ!この焼きそばパンってやつ、めちゃくちゃ美味だな......」
「いやー、家にあげてもらった上に飯まで貰って、悪いねぇ」
草坪くんはコンビニの袋をガサガサ漁りながら、頬張るように焼きそばパンを食べている。
黎くんはといえば、紙パックの牛乳をズズズッと音を立てて飲みながら、まるでここが自分の家かのようにくつろいでいた。
(ここ、私の家なんだけど......)
唯一の常識人である利津くんの方を見るが、彼は小さく肩をすくめるだけだった。
「……あの二人は結構がめついので……まぁ、頑張って下さい」
そう言い残し、さっさと帰って行った。
残されたリビングでは、二人がテレビを観ている。
その横で、私は考えることを放棄した。
元々この部屋は空き部屋だったので、私が大家さんと交渉して契約して、私の名義で借りた家なんだけど......どうしてこうなったのか、まるで分からない。
ちなみに偽名は苗字は変えずに『月島真白』という名前に決まった。



