死にたいと思っていた。
死んでしまいたいと思っていた。
誰も知らない場所で、ひっそりと死にたいと思っていた。
こんな世界、消えてしまえば良いと思っていた。
あぁ、それなら、アイツらも道連れが良いな。
もし仮に、この教室に爆弾が仕掛けられていて、一瞬で吹き飛ぶシーンを想像してみる。
そんなこと思う私は狂ってるのかな?
いや、狂ってるのはアイツらだ。
憎い。
死ね。
死ね。
死んでしまえば良い。
ギュッとアイツらのリーダーの首に手を乗せ、体重をかける。
遠くから悲鳴が聞こえる。先生を呼びに行く声も聞こえる。
リーダーの子は勝ちを確信しているのか、この場に及んでにんまりと口角を上げている。
その時、カチッという音と共に、時間が止まった。
そして、私の首に冷たい物が当たる感覚がした。
「ねぇ、駄目じゃん」
「......っ!」
背後からの声。
恐る恐る後ろを振り返ると、ニコリとも微笑む悪魔がいた。
後ろにひとつに結んである黒髪に、紺色の甚平(じんべい)
「聞こえてるぞ」
「ハイ」
「まず俺は悪魔じゃない。そこ訂正」
ビシッと人差し指を立てて私に突き付けてくる。
少年はそう言って、指を軽く鳴らした。
パチン、と。
たったそれだけの音で、止まっていた世界が動き出す。
悲鳴が再び響き、机が倒れる音が耳を打った。けれど、そのどれもが私に届かない。
誰も、私を見ていなかった。
リーダーの子も、私を見ていない。そして、何処からか血の匂いがした。
「……え?」
掠れた声が漏れる。
「誰にも見えてないよ。お前、もう死んでるから」
軽い調子で言われた言葉に、思考が止まった。
息を吸おうとしても、空気が入らない。胸の奥がやけに冷たい。
「冗談?」
「残念。冥府の方で“回収”って通知来てた」
少年はポケットから折り畳まれた一枚の紙のようなものを取り出し、ひらひらと振って見せた。そこには『死亡者魂再回収』という見出しの下に私の名前が、確かに書かれていた。
「同姓同名とかじゃなく?」
震える声で問うと、少年は少しだけ首を傾げた。
「んー……違うね。間違いなくお前本人」
彼は紙の角で自分のこめかみをコツンと叩く。
「お前、一回死んでるんだよ。でも、クソ上司の手違いで何か蘇ったからさ、俺に魂の回収を命じたんだよ」
その後に「誰があのクソ上司の尻拭いしなきゃなんないんだよ......」とイライラしながら呟いている。
少年は大きく伸びをした。
「ま、安心しなって。魂の回収っつっても、痛くも(かゆ)くもないし。寝てる間に終わる感じ?」
「……いや、安心できるわけないでしょ」
「何で?死にたいって、思ってただろ?」
少年の言葉に、言葉が詰まる。
確かに、こんな世界クソくらえって、いなくなりたいって思ったけど......そんな急に言われても、いまいちピンと来ない。
「……いつ、死んだの?」
「昼休み前」
あっさり答えられて、思考が真っ白になる。
「リーダーの首、締めたでしょ?あの時さ、この子が机の角に押し倒した時に……廊下のガラス割れたの覚えてる?」
彼は指で“パリン”と割れる仕草をして見せる。
その音が、頭の奥で蘇った。
――血。冷たい床。誰かの悲鳴。
あれは、私の……。
「思い出したっぽいな」
少年は手をひらひらさせながら、私の目の前にしゃがみ込んだ。
「ほら、言ったろ?お前、もう死んでんの」
「……そんな、嘘」
「嘘ならどれだけ楽かね。俺だってこんな仕事、できりゃサボりたいわ」
そう言って、彼はガシガシと頭を搔いた。
教室の方を見やると、倒れた机の隙間から、先生が駆け寄る姿が見えた。
その足元には、動かない“私”がいた。
血に濡れた髪が頬に貼りついている。
私が、いた。
「嘘……嘘だ……」
膝から力が抜ける。床に崩れ落ちても、何も感じない。冷たくも、痛くもない。
「なぁ」
少年の声が聞こえる。
「これで、やっと“楽”になれると思ったんだろ?」
「……それは……」
その通りだった。
毎日学校に行くのさえ辛くて。でも誰にも相談できないからイジメに耐えて......でも、本当は辛かった。
毎日机に落書きされているのも、机に置かれた花瓶に菊の花が添えられていたりと、トイレのモップで殴られても......耐えたのに。
「けど、残念ながら」
少年はにやりと笑った。
「お前、まだ“完全な死者”じゃない」
「……どういうこと?」
「つまり、魂が半端なんだよ。生と死の間に引っかかってる」
少年は指を立て、私の額を軽く突いた。
「このまま放っとくと、どっちの世界にも行けなくなる」
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「決まってるだろ」
彼は軽く肩を竦め、指をパチンと鳴らした。
「俺と契約しな」