ふと降りてきた言葉に、わたしは目を見開いた。
誰が。彼に話を聞いてもらえそうなひとが。どうすれば聞いてもらえる。目立てばいい。変人でも構わない。でも、ただの変人じゃあ駄目だ。目を引いて、興味を持ってもらえて、なおかついずれはすっと彼の前から消えるような、そんな存在。
「……当て馬、だ……」
本の山をどさどさと背から落としながら身体を起こす。
かつて読んだ恋愛小説を思い出す。
あざとさで、ずる賢さで、あるいは力づくでヒーローに近づいて、やがてはあっけなくヒロインに取って代わられる女たち。悪役令嬢と呼ばれることもあれば、ヴィランと罵られることもある。
彼女たちがもがけばもがくほど、ヒロインが輝いてゆく。ヒーローの目が向く。気持ちが、動く。
そんな女が、ライエル殿下のそばにいれば。
そんな女が、フィオナさまをライバルとしてあげつらえば。
だん、と立ち上がった。
書棚に走る。どこになにがあるかはすべて把握している。
王国史。王宮の女たち。陰謀、策謀、権力闘争。美しい悪女たちの伝説。
何冊かの本を抱えて執務机にどんと置く。灯りを手元に寄せて、わたしは全神経を目の前の文章に集中させた。数刻ほどで読了する。次。
服飾と装飾の歴史。美容と化粧、令嬢の心得と振る舞い。次。
薬品の調合。魔法技術の応用による化粧品の生成。次。
深夜にはすべて読み終えていた。
そのぜんぶが頭に入っている。
ふう、と息を吐く。
やるしかない。
わたしが、なるしかない。
悪役令嬢に。
当て馬、に。
大書庫には本の補修や書類の編綴のための道具がたくさんある。
隣接している作業室に入り、戸棚を開ける。ふわんと漂う薬品の匂い。いくつかの瓶を取り出す。頭のなかで組み合わせてみる。うん、いける。
柔らかい刷毛も、スポンジもある。紅に使う蝋もある。
ないのは、素材。
悪どく美しいご令嬢の、その本体だけだ。
「……いい。それで、いい。笑われればいい。なんだその顔は、道化師かよって、指さしてもらえればいい」
深く被ったフードをゆっくりと持ち上げる。ばさり、と、髪が落ちる。
銀を帯びた真っ白の髪。
鏡の前に立つ。なんども迷ってから、ろうそくの灯に揺れる姿に目を向ける。髪と似た銀の瞳が見返してきた。
おもわず、怯む。顔がくしゃりと歪む。怖い、気持ち悪い、って、子供のころから言われ続けた、白の顔。暗いところでしか生きていないから、肌だって気味悪いくらいに真っ白だ。
俯いて、ぎゅっと胸を抱く。要りもしない人並み以上の発育、伸びた背丈。
それでも。
おもいきり下の唇を噛み、顔を上げた。
鏡のなかの白い女に、妖艶に微笑みかけてみる。
そう、さっき読んだ悪女伝の、二百八十五ページ。上から三行目のとおり。
できてる、よ。
ちゃんと、気持ち悪くなってる。
ちゃんと、笑ってもらえる、と思う。
笑ってもらえれば、いいな。



