どがん、と、机が鳴った。シリウスさまがびくっと身体を動かす。
 わたしは机の下で膝を抱えて悶絶していた。言葉が脳に届いた瞬間、反射的に跳ね上がり、おもいっきり膝をぶつけてしまったのだ。
 机越しにこちらを覗き込んで、シリウスさまは戸惑うように声を投げてきた。

 「すごい音がしたが……大丈夫か」

 応えない。しばらく悶えたのち、痛みを堪えてゆらりと立ち上がった。
 漆黒のローブが揺れる。深く落としたフードの奥からぎらりとした瞳を相手に向ける。だらんとした腕を呪うように相手に向けて持ち上げる。
 貴様。自分がなにを言っているのかわかっているのか。
 声に、地の底から響くような音を込める。

 「……にゃ、にゃんで……そそ、そんなの、だめ、です……」

 ぜんぜん地から響いてない。が、そういう言葉を発したことでふたたびじわりと涙が浮かぶ。情緒の変動が大きすぎてもう自分の感情に説明がつけられない。
 シリウスさまは驚いたようにわたしを見ていたが、なぜ、という言葉に目をさまよわせた。

 「なぜ、か……。そうだな。それが一番、良いと思ったから、だ」
 「う、うう?」
 「……殿下は、たくさんのことを抱えておられる。第二王子というお立場であるのに、その聡明さゆえに否応なしに、王家の闇に向き合うこととなって……いや、これは聞かなかったこととしてほしい。とにかく、いつも苦しんでおられる。なのに周りに集うのは、あのような……」

 眉根を寄せて口を曲げ、しかめつらを作る。

 「お優しい殿下だ。決して邪険にはせぬ。だが、誰にもお心を預けられない苦しみのなかで、それを理解しようともしない下品な女どものお相手ばかりでは参られてしまう。自分はいつも、お傍でそのことを案じ続けていた」

 げ、下品。すごいこと言っちゃった。でも、それに気づかないほど、真剣に悩んでいる表情。

 「そして、昨日。フィオナ殿があの者どもに対してみせた姿勢。その言葉。自分は、心底驚いた。彼女のことは、その、ずっと……見ていた。見ていたが、あのような強いお心をお持ちとは。震えた。そして、決めたんだ。このひとこそ、殿下にふさわしいと。だから自分は身を引く、と」

 ……む?
 少々お待ちください。
 いま、なにか?
 最後のところ、ちょおっと、聴きとれませんでした。