「……神よ……わたしはどこで、なにを間違ったのでしょうか……」

 はい。最初から、ぜんぶです。
 神に問いかけるまでもない質問に自分で突っ込んでから、フードに手を入れてがりがりと頭を掻く。
 なんで。どうしてこうなった。
 当て馬作戦、大失敗。いや失敗どころじゃない。そもそも相手、間違えてるし。あり得ない。残念でしたどころじゃない。
 それに……また会えるかって、言ってた。フィオナさまはともかく、ライエル殿下まで。たぶん、探される。逮捕されるんだ。だって、なんかほら、王家の変事だとかなんとかって言ってたし。あの怪しい不気味な女、何者だ、ってなるよね。
 わたしには見える。
 ある日、武装した騎士たちが強引に書庫の扉を蹴破り、雪崩れ込んでくるんだ。わたしなど踏みつけて、あの女はどこだって、書棚も本も、ぜんぶひっくり返されて。最後には焼かれるんだ。本も、書庫も、わたしも。

 「……証拠、隠滅」

 わたしはがばっと立ち上がった。昨日のドレスも化粧品も、ぜんぶ捨てなきゃ。痕跡、隠さなきゃ。そんなひと、いませんでしたよ、って。
 すべてが置いてある作業室へ走ろうとした、その時。

 りん、と、鈴が鳴った。
 書庫の入り口、扉の外の結界に誰かが立ったのだ。続けてりりんと鳴る。入庫の許可を求める合図だ。
 もうううう。なに。こんなときに。 
 どすどすと奥の扉を目指す。金の装飾のある把手を回し、ぎいいと薄く開けて、目だけを覗かせた。

 「あの、ごご、ごめんなさい。今日は、ちょ、ちょっと、忙し……」

 わたしとしては早口でそう言ってから、相手の顔を見上げる。見上げたままで、固まった。そのまま崩れるようにしゃがみ込んでしまう。

 「……君。大丈夫か」

 低く、だが圧のある声をわたしにかけたのは、黒い装束の騎士。
 乱れた赤毛をうるさそうに跳ね上げ、分厚い体躯を折り曲げて、へにゃりと扉の向こうに座り込んでいるわたしと同じ目線まで降りてきてくれた。

 「司書どのに聞きたいことがあるのだが。時間をとってもらえないだろうか」

 エルヴァイン伯息、シリウスさまは、そう言って葡萄酒色の瞳を細めてみせた。微笑んでいるのではない。わたしの反応を観察しているのだろう。

 わたしはしばらく座り込んでいたが、ふらふらと立ち上がった。なにも言わずに入口にかかった結界魔法を解除する。抵抗は、無駄だ。もう逃げられない。
 黙って書庫の奥まで歩く。シリウスさまはなにも言わずについてきた。
 執務用の机につくと、彼も向かいの利用者用の椅子に座った。いつもはフィオナさまが腰掛ける場所だ。彼女の優しい微笑を思い出し、じわっと涙が滲む。
 お別れです、フィオナさま。