「……ひにゅぅ……」
朝である。
地下の大書庫にも地上と通じた明かり取りはあるから、爽やかな晴天からの眩しい光が差し込んでくる。丁寧に掃除を行き届かせた愛すべき書棚たちがきらきらと輝いている。
だが、わたしにはその光は届かない。
物理的にも、心のなかにも。
いつもの執務机ではなく、書庫の奥、できるだけ光のあたらない作業机にわたしは突っ伏していた。寝ていないのだ。まったく、眠れなかった。
書庫の続き部屋はいくつかあり、わたしはそこで寝起きしている。仕事に便利というのもあるが、本に囲まれていないと眠れないからだ。なにがあっても、大好きな本たちのところへ戻ってくれば元気になる。ぐっすり眠れる。いつでもそうだった。
でも、昨日は、ちがった。
「うう……なんで、あんなことに……」
唸りながら思い出すのは、昨日の昼過ぎのこと。
例の騒ぎのあと、殿下たちの元を離れ、倒れこみそうになりながらエントランスから出たわたしは、すぐに背中から声をかけられたのだ。
『……あの』
振り向いて、引き攣った。フィオナさまだった。
柱の陰からもじもじと手を差し上げている。その頬はまだ薄い桃に染まったままだ。走り去ってからずっと物陰に隠れて、わたしを……いや、白装束の不気味な令嬢を待っていたのだろう。
うう。やめて。見ないで……。
身バレも怖いが、光の精のように愛らしいフィオナさまにこの奇妙な風体を見つめられるのが痛かった。
『……あの、お礼……言いたくて。本当に……ありがとう、ございました』
頭を下げたフィオナさま。でも、わたしは引き攣ったままなにも言えない。こんな場面の言葉なんて用意してない。眉を上げ、やや高飛車な態度で顎を上げているのは、脳内検索が最大回転数に達した印だ。もうすぐ、焦げつく。
『……わたし、この学院、辞めるつもりだったんです。今日で。あの……お慕いしている方に、お声すら、かけられなくて。そんな自分が嫌になって』
フィオナさまは頭を下げたままで言葉を続ける。
『でも、あのとき、あなたが現れて。あの方たち……怖い方たちを、避けるでも怒るでもなく、柔らかく抱きしめられて、静かな自然体ですうっと躱されて。わたし、見惚れてしまったんです。なんて、なんてお美しいんだ、って』
くっと顔を上げる。瞳がわずかに潤んでいる。
その衝撃的な愛らしさ、神々しさに視界が白く飛ぶ。思いつきかけた言葉なんてどっかに消えた。
『わたしも、ああなりたいって思ったんです。自然に、力まず、自分のこころから逃げないで、思うところへ進んでゆける。そんな……あなたのような女性になりたいって、強く思ったんです。だから、辞めません』
『……』
『それに……それに、あの方に、お声、かけていただけたから』
その言葉に我に返る。



