ゆらりと肩を抱き、小さな微笑を貼り付けたまま、わたしは首を振った。ごめんこうむる。もうわたしの生命力は限界です。
 ゆっくりと一歩ずつ退がってゆく。そのことで自分の身体から漂う殿下の残り香に気づいた。わたしの身体に男性の、しかも第二王子の残り香。発狂してもいいですか。お父さんお母さんごめんなさい。ノエラは汚れてしまいました。

 「君は、誰なんだ。俺たちがようやく探りあてた伝承をなぜ君が知っているんだ。なぜ、いま、このタイミングで俺の前に現れた。王室の……変事を、君は知っているのか」

 なんですかそれ。変事って。絶対絶対、巻き込まないでくださいね。

 「それに……君の、姿。美しいだけじゃない。なぜこんなに、懐かしい。なぜこんなに胸のうちが熱くなる。たまらなくなる。教えてくれ」

 古い格好だからですね。あなたのお母さん、ううんおばあちゃんとかひいばあちゃんの時代の服です。お化粧も香水も。懐かしいでしょうねそれは。
 話が長くなりそうだったし、また抱き止められたら嫌なので、わたしはくるりと踵を返した。真珠のような色の裾がふわりと揺れる。銀の靴が、かかんと鳴る。

 「……待ってくれ。せめて、名を」

 かけられた声に、わたしは足を止めた。わずかに振り向く。
 名前なんて言う気はないけど、せめて、失礼をお詫びしてからいかなきゃなあって思ったのだ。
 真っ白の気味悪いかっこうでごめんなさい。
 ばたばたとお騒がせして、ごめんなさい。
 ただ、もう気持ちが切れてる。声がうまく出ない。

 「……し、ろ……ば、ばら……」

 ばたばたが、ばらばらになっちゃった。
でももう、それ以上は続けられそうにない。ごめんなさい。にへらと笑って誤魔化して、わたしはそのまま歩き出した。

 「……白、薔薇……白薔薇。また、会えるか」

 背後でライエル殿下の呼びかける声が聞こえたが、もう応えない。
 だけど、なんのことだろう。白薔薇って。