「……だい、じょうぶ、でしたか」
「は……はいっ!」
騎士に声をかけられ、フィオナさまはぴょんと跳ねた。胸に手を当てたまま、頭ひとつぶんは高い彼の顔を見上げていたのだが、彼が振り向いたことに気がついて横を向いていたのだ。
騎士はちらとフィオナさまの方に目を向け、頷いて、また目を逸らした。
「……よかった、です」
「は、はい……ありがとうございました」
「いつも、こちらを見ておられたことには気づいていました。あいつら……いえ、公爵令嬢たちにあなたが酷く言われていることも。だが、手が出るまではどうしようもなかった。今日で少しは懲りたでしょう」
「……はい」
フィオナさまは俯いて、戸惑うように瞳を彷徨わせている。両の指をもじもじと組み合わせている。首筋は髪よりも濃い桃色に染まっている。
ん。
あれ。
なにこれ。
「彼女たちの報復が懸念されます。これからは、自分がお護りします。殿下もお許しになるはず。ですから、ご遠慮なく、その……」
騎士は言いながら、わたしの方、いや、相変わらずわたしを抱きしめているライエル殿下のほうに振り向く。少ししかめ面をしたのはわたしに向けてだろう。違います。離れたいんだけど、離してくれないの。
フィオナさまはその言葉を聞いて、俯いていた顔をぱっとあげた。
「あ、あ、ありがとうございます……エルヴァイン伯息、シリウスさま」
「……なぜ、自分の名を……?」
不思議そうに首を傾ける騎士、シリウスさま。
その瞬間、フィオナさまが固まった。首筋の桃色が頬をとおって額までを染め上げてゆく。涙目となる。
「……やだ……」
口元を両手のひらで隠し、ふるふると震えていたが、やがて踵を返して走り去ってしまった。呼び止めようと片手をあげたまま、呆然と見送るシリウスさま。
えっ、ちょっと待って。殿下をどうするの。いいのこれ、ほっといて。
わたしも呆然としていたが、我に返る。殿下も同様だった。ただ、改めて腕に力が入れられる前に、わたしは身を捩って逃れた。
伸ばされた殿下の腕をすり抜けるように身体を引く。
殿下のどこか哀しげな、切ないような表情。
「……話がしたい。来て欲しい。俺の部屋に」



