心臓の脈動が乱れに乱れたことにより、もともと白いわたしの顔からさらに血の気が引けていることが自分でもよくわかる。引き攣るように口元を持ち上げたまま、ゆらり、ゆらり、と、殿下のほうへ歩を進める。

 「……ひ……」

 令嬢のひとりが小さく悲鳴を漏らして腰を砕けさせた。びっくりしたよねごめんね。彼女の前に立ち、見下ろして目を細めて見せる。お詫びのつもりだ。が、それを見上げた令嬢と、それを支えている隣のひとの口元に泡が浮かび、ふたり同時に昏倒した。
 あれ。
 他の令嬢たちに顔を振り向ける。いずれも口元を覆い、涙を浮かべて足を引いた。ひとりは踵を返してどこかにいってしまった。道が開く。なんか知らないけど、よかった。ありがとう。

 と、正面のライエル殿下が長椅子から身を起こした。腰を浮かせ、目を見開いている。先ほどまでの愉快な出し物を見物するような表情ではない。薄青の瞳を震わせるように、わたしを真っ直ぐに見ている。
 ん、どうした。わたし、なにか変なこと言ったかな。いやものすごく言ってるけど。まあいいや。

 さらに歩みを進めようとした、その時。
 がくん、と、身体が止まった。
 普段、そういったものを身につけないわたしには咄嗟にわからなかったが、ドレスの裾を踏まれたのだ。右に立っていた女だ。咄嗟に顔を振り向けると、怯えながらも憎々しげに表情を歪ませた相手と目が合った。
 支えようと出した脚も裾を巻き込んでもつれた。だめだ。倒れる。
 でも、ちょうどいい。倒れよう。思いっきり倒れて、じたばたして、それから殿下に走り寄ろう。転んじゃったの、痛い痛い、慰めて、って。それで思いっきり嫌がられて、近くで立っているフィオナさまがわたしを嗜めて……。
 ふふ、完璧。めんどくさい当て馬令嬢の出来上がりだ。
 痛みに備えて目をぎゅっと瞑る。

 でも、いつまでたっても衝撃がやってこない。
 代わりに、なにかに包まれる。ふわりとした、でも力強い温かさ。

 「……大事ないか」