もうだめだ。意識を完全に手放そうかとも思ったが、そこでフィオナさまの視線に気づいた。耐えろ、ノエラ。なんとかしろ。大急ぎで言葉の在庫をあたる。お詫びの礼儀、作法……あった。礼節大典、下巻の五十八ページ……。
「……もう、いいよ。そんなに強がらなくても。寂しかったんだね」
わたしの口から出た言葉に、相手の肩がびくっと揺れた。わたしも揺れた。心臓が停止したためだ。
本、違う。ぜんぜん違う。なにこれ。でももう、止められない。口が勝手に動く。緊張で強張った手は、相手の腰と首筋をぎゅっと強く抱き寄せる形となった。耳元で息を吐く。囁くように続ける。
「あなたは、綺麗。ふふ、そうじゃない。化粧でも服でもないわ。あなたが胸のなかに溜めている、その光のこと。だから、お願い。隠さないで。あなたの言葉で、あなたの光を覆ってしまわないで。どうか、わたしのために」
なに言ってんだよ。
どうかわたしのためにじゃないよ。
これ礼節大典じゃないだろ霊雪に抱いてだよ、題名似てるけど令嬢どうしの道ならぬ恋のあれなやつだよ。どっから出してきたんだよ。
足の力が抜けてしゃがみ込みそうになったが、そうはならない。
ぎゅ、と、目の前の令嬢の腕に力が入ったのだ。
「……っ」
そうしてすぐに、とん、と、わたしを突き放すようにした。下の唇を噛んでいる。上目にわたしを睨むように向ける視線は、わずかに潤んでいるように見えた。頬が上気している。首筋が耳まで赤い。
他の取り巻き、そしてライエル殿下の方を戸惑うように見て、もういちどわたしを睨んでから、彼女は踵を返して走っていってしまった。去り際に、ばか、と呟いたように思えた。
あれ。
なんぞこれ。
そんな、泣いて怒るほどわたしにぶつかったのが悔しかったのか。だよね、こんな気味の悪い風体の女にねえ。わけわかんないこと言ってごめんね。
でも、これで障壁が一人いなくなった。助かる。



