「おおおおおっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」

 大音響。
 石張りの壁がびりびりと震える。

 戦場における発声法、上巻。その二百十三ページに図解入りで記載されていたことをわたしは忠実に実行したのだ。
 甲高く裏返った声がエントランスの石張りに反響し、わんわんと木霊をつくりながら廊下の先まで走ってゆく。
 その場の全員が硬直した。ライエル殿下も令嬢たちも、エントランスで談笑していた生徒たちも、時が止まったかのように凍りついている。目だけが動いている。その目が向かうのは、もちろん、わたしだ。
 吐き切った息を、もう一度吸い込む。胸を張る。

 「……ああら、なにやら愉しいおはなしをなさっているようね。わたくしも混ぜてくださらないかしら」

 言えた。練習どおり。
 心臓が跳ねる。意識が飛びそうになる。
 それでもわたしは口元を覆う扇のうえで、古法にのっとり彩られた目尻を細めてみせた。無駄に大きな切れ長の目。銀の瞳が月形に撓んでいるだろう。

 エントランスにいる全員が、階段の上に立つわたしを見上げている。ほう、というため息のような音が聴こえる。惚けたように口を開けている令嬢たち、頬を染めて首を小さく振っている男子生徒。みな、わたしの声と姿に呆れているに違いない。

 千切れて飛んでいきそうな心をぎゅっと捕まえて、エントランスへの階段の、最後の数段をゆっくりと降りる。降りるごとにふわりと白銀の髪が肩で揺れる。
 明かり取りからの陽光はちょうど階段のあたりに差し込んでいるから、たくさんの薄い生地を組み合わせてつくった純白のドレスと腰までのゆるく波打つ白銀の髪は、きっと内側に光を宿しているように見えていることだろう。ただ、流行のあっさりした現代的な装いとは真逆の意匠、仰々しく重苦しい大時代な装束だ。
 布は、本の装丁に使うもの。上質な生地だが、縫ったのはわたしで、参考にしたのは何世代も前の指南書。つまり、わたしは今、ひいおばあちゃんの頃の令嬢なのだ。
 おまけに、白。ぜんぶ白。髪も、顔も、瞳も。
 さぞや不気味に映っていることだろう。

 ようやくエントランスに降り立ち、口元に当てていた扇を下ろす。古式ゆかしい強い紅が乗った唇を薄く開く。ふう、と、わずかに声を出しながら細く息を送り出す。頬に指を当て、その肘を左の手の甲で支える。胸を張り、口元を持ち上げ、ゆっくりと周囲を見回す。
 胸に沿わせた腕に心臓の鼓動が届く。

 大丈夫。悪役令嬢、できてる。
 朱の令嬢と青の騎士のセレナーデ、第八巻、五十二ページ。
 ちゃんと、再現できてる。間違えてないはず。大丈夫。