月明かりが差し込んでいる。
室内の照明はあえて落とされているから、学院の大きなホールに集まった生徒たちの上にも、あるいは豪奢な敷物の上にも、蒼く透き通った光が影を刻み出している。
窓のすぐそばの階段はゆるくカーブを描いて二階へと繋がっている。そのなかほどに踊り場があり、いま、わたしはそこにゆっくりと足を下ろしたのだ。
静かだ。
控えめな演奏を続けていた楽団も、いまは手を止めている。先ほどまで賑やかに歓談していた生徒たちはみな、口をつぐんでひとつの方向を見上げている。
視線の先は、階段の上。
すべての瞳がわたしに向けられている。
「……あれが、白薔薇……」
誰かが小さく呟いた言葉が届く。わたしは応えるように小さく首を傾げ、目元を撓めてみせた。空気が揺れる。ほう、というため息のような音は、男性のみならず、それぞれ美しく着飾った令嬢たちからも漏れ出ていることを知っている。
令嬢たちのなかには、見知った顔もある。
フィオナさまがわたしを見上げて嬉しそうに目を細め、うんと頷いてぐっと拳を握って示している。がんばれ、というところなのだろう。
ゆっくりと足を進める。
動くたびに繊細に重ねた薄い純白の生地が揺れる。月明かりを受けて薄く輝いているのだが、遠目にはドレスそのものが、あるいはわたし自身が光を発しているように見えているはずだ。
階下、それぞれペアを組んでいた男女のなかから誰かが進み出てくる。
金糸の刺繍を施した装束は、足元の履き物までがわたしのものと合わせたかのような純白だ。眉にかかる白金の髪を払いながらわたしを見上げ、彼は、言葉をださずに唇を動かしてみせた。
言葉は、わたしには読み取れた。でも、返さない。あえて小さく首を振ってみせる。それでもわたしの口元は微笑んでいるから、彼、イーディエール王国の第二王子、ライエル殿下はこちらを見つめたままで歩を進めてくる。
踊り場まで上がってきた彼は、白手袋の片手をすいと差し出した。
「はやく降りてこないと、月に嫉妬されてしまう。美しき白薔薇よ」
いちど睨むような視線を向けてから、わたしはたおやかに微笑んでみせた。指先を彼の掌に置く。導かれながらゆっくりと階を降りてゆく。
降りながら、彼には気取られないように、わたしはそっと小さな息を吐いた。
……。
いやいや。
いやいやいやいや、なんでこうなってんの!
やばいやばい無理無理無理無理ぜったいむりいいいい!
誰だあこんなこと考えたの!
わたしだよ!



