ここは菓子屋〝だった〟場所である。
数年前に起きた大規模な魔物災害の時に、ここで小さな菓子屋を営んでいた一家が領地外に避難した。
それっきり一家は帰ってこず、この家屋は放棄されたままとなっている。
おそらくは魔物被害や自然災害の多いこのマグノリア領での生活に嫌気が差し、別の地に移り住んでしまったのだろうと考えられている。
であれば一、二時間ほど家屋の拝借をするくらいは別段問題はないということで、ここがアップルパイの調理場所の当てである。
建物自体はクロウが領地を任された際に、兵たちに空き家を掃除させ、定期的な管理もしているので今も清潔。
菓子屋だったのなら石窯は当然あるだろうし、火と水についてはクロウの魔法でどうにかできる。
勝手に家を借りてしまうのは申し訳ない限りだが、帰ってくる可能性も低いだろうし、仮に帰ってきたのならその時に礼を積めばいいだろうとクロウは思った。
「石窯も器具もあるな。これなら問題ない」
家屋に立ち入ったクロウは、充分な設備があることを確認し安堵する。
買ってきた材料を厨房に並べて、いよいよ調理開始となった。
かつて読んだ覚えのあるアップルパイのレシピを、頭の奥底から必死に引っ張り出す。
まずは小麦粉を軸に生地を練り、しばらく寝かせておく。
その間にリンゴを切って、砂糖や他の調味料と一緒に鍋で煮ていく。
生地が寝かせ終わったらふたつに分けて、下地の方に煮詰めたリンゴのフィリングをのせ、もう片方の生地を上に被せて石窯へ。
無事に焼き上がると、上にパイ生地の網目がある、ホールケーキ状のアップルパイが完成した。
同じ工程でスティック状のアップルパイもいくつか作ったので、そちらを味見用として食べてみる。
「……まあ、及第点と言ったところか」
生地はパリパリザクザク。中のリンゴのフィリングはジューシーでトロトロ。
爽やかな酸味とほどよい甘味がマッチしていて、果肉のゴロッと感もあり食べ応えも充分だ。
実はクロウも甘い物がそこそこ好きで、そんな自分でも納得のいく味になって安堵する。
何分菓子作りは初めてなので、勝手がわからないところもあった。
それでも頭に入っていた知識だけで形にできたのは、クロウの要領のよさのあらわれである。
さてあとは、この完成したアップルパイを焼き立てと呼べる状態のままアウルのもとに届けるだけだ。
自作のアップルパイであることを隠すために、家屋に置いてあった布の包みを拝借してパイを包む。
焼き上げている間にほとんどの後片付けも終わらせていたので、すぐに家屋を後にして屋敷を目指すことにした。

