そして数秒ののちに、自分が青果屋であることを思い出したように、ハッとなって「かしこまりました!」と返答する。
その声が思ったよりも大きかったようで、周りの視線がさらに集まってしまった。
中年店主は緊張しながら、この道何十年の中で最大の集中力を発揮して上等なリンゴを目利きし始める。
下手なものを渡せば殺される。そんな気持ちを示すかのように手と唇が震えている。
(随分と怖がられたものだな。まあ無理もないが)
血染めの貴公子の噂に怯えているのは当然ながら、父親のせいで恐怖の感情が増長されてしまっているのだと思われる。
実の父があのエグレット公爵家の当主である暴君レイヴン・エグレットともなれば、息子のクロウが必要以上に恐れられてしまうのも致し方ない。
少しすると、リンゴを選び終えた店主が布に包んで、ガタガタ震えながらクロウに渡した。
それを「ありがとう」と言って受け取ると、その言葉が届いていないようで、店主は顔を青ざめさせたまま長々とした息を吐き出している。
生きた心地がしなかったと言わんばかりの表情だ。
そこまで気を張って目利きしてくれなくともよかったのだが。
この様子なら、よもや五歳の子供にアップルパイを手作りするためにリンゴを買いにきたなんて思っていないだろう。
ちなみに使用人や従者にはアップルパイの手作りの件は伏せておこうと思っている。
公爵家の人間としての威厳を保つために、変にアウルを甘やかしたと知られるのはマズイと思ったから。
当然アウル本人には一番知られたくないことである。
(次はシナモンと蜂蜜だな……。香辛料商か薬屋辺りか。その後は小麦粉とバターと……)
頭の中にある料理本の知識を引っ張り出して、必要な材料と購入場所を的確に選んでいく。
変わらず怯えるような視線を受けながら、クロウは商店通りで目的の材料を集め終えたのだった。
次は実際にアップルパイを作る工程になるが、調理場所をどこにするかはかなり慎重にならなければいけない。
屋敷の厨房では使用人たち、あるいはアウル本人に気付かれる恐れがあるため論外。
夜中にこっそりという手も考えたが、それでもさすがに調理の音や香りで誰かしらには気付かれてしまうだろう。
となると屋敷外で作るしかないのだが、焼き立てをアウルに食べさせるためにも、あまり屋敷から離れたところで作るのはダメである。
できる限り屋敷から近く、菓子作りができる石窯を持った民家、あるいは料理店に厨房を貸してもらわなければならない。
相当な無理難題に思えるが、これについては少し当てがあった。
「……ここだな」
屋敷から歩いて五分ほどの場所。住宅区域の一角に、赤い屋根が特徴的なレンガ造りの家屋があった。

