築年数が古いビルのためエレベーターはこれひとつしかない。
 ゆえに八階から階段で降りていくしかなく、翼は思わずこぼしてしまう。

「……本当に、いいことないな」

 そんな呟きが虚しく響く中、自分と同じくこんな時間まで仕事をしている人がまだいるのだというせめてもの慰めで足を前に進ませる。
 終電の時間も気になるので重たい足を速めて階段を降りていくと、五階に差しかかったところで翼の足がふらついた。

「あっ」

 体勢が崩れて、階段の踏み所を見誤ってしまう。
 蓄積された疲れと焦りによる事故。普段の状態であれば絶対に起きない階段の踏み外し。
 気付けば翼の体は宙に投げ出され、頭の方から階段の下へと落ちていた。

(……死ぬ)

 刹那の思考の直後、強烈な痛みが頭に迸(ほとばし)る。
 景色と音が遠ざかっていき、冷たい床に伏しながら翼は後悔した。
 自分の運の悪さを知っていながら、あまりにも不注意だった。
 手足に力が入らない。誰かが助けにきてくれる状況でもない。
 明らかに大丈夫ではない量の血が流れていることにも気付き、翼は静かに死を悟った。

(俺の人生、最初から最後まで本当にいいことないな)

 せめてもの救いは、親とあまり仲がよくなく、友人や恋人もいないため悲しませる人が少ないことくらいだろうか。
 そんな虚しさを感じながら、白鳥翼は意識を手放した。