クロウはエグレット公爵家の次男で、成人したのを機に父のレイヴン・エグレットからマグノリア領の開拓を一任された。
 元は別の貴族家が治めていた場所らしいが、五年前に突如発生した魔物被害を抑え切れず領地は崩壊。
 貴族家は土地を取り上げられて没落し、エグレット公爵家がマグノリア領を引き継ぐことになったそうだ。
 それから父の手腕でマグノリア領はある程度復興されたが、それでも魔物被害は絶えず発生しており辺境の危険地帯と呼ばれているとか。
 そのような領地の開拓を、成人したばかりの二十歳の青年に任せるなど大胆な父親だとアウルは思った。

(それだけ期待されてるってことなのかな……?)

 だとしても酷な話である。
 クロウほど逸話を残している魔法使いでも、領地開拓となればまた話は別だろうし、実際に彼は頭を抱えている様子だ。
 自分のように家族に期待されないのも悲しいものだが、期待されすぎるのもどうなのかとアウルは改めて感じる。
 なにやら小難しい領地開拓の話をふたりが始めたので、アウルはそれをそばで聞きながらゆらゆらと馬車に揺られた。
 やがて森を抜けてしばらく草原を走ると、建築半ばと思われる外壁に囲まれた町が見えてきた。

「ここが領都マノリアだ。貴様がこれから住む屋敷もここにある」

「は、はい……」

 自ずと緊張感が湧いてきてしまう。
 公爵子息様の住むお屋敷なんてどれだけ立派なものなんだろうという好奇心もあるが、それ以上にアウルは大きな不安をひとつ抱えていた。

(屋敷にいい思い出がなさすぎる……。ダスター家のお屋敷の使用人たちからめちゃくちゃ冷たくされてたからなぁ)

 またぞろ同じ目に遭うかもしれないと、そちらの心配の方が勝っていた。
 そんなアウルの心中を知らず馬車は領都内を進んでいき、思いのほか町の様子が活気に溢れていることに遅まきながら気が付く。
 キャビンの窓から外を見ると、領都の住人と思われる人たちが緊張した面持ちで馬車の方を見ていた。
 どうやらこの馬車が領主であるクロウ・エグレットのものだとわかっているらしい。
 中にクロウが乗っているという事実が、周りに威圧感を与えているようだった。
 領民たちにも恐れられているみたいで、改めてこの無表情貴公子の著名さを目の当たりにした気分になる。
 領民たちの不安げな視線を縫うように馬車は領都を横切っていき、やがて町の奥地へと辿り着いた。
 そこには鉄の柵に囲まれた広庭付きの立派なお屋敷があり、白を基調とした三階建てで領都のどの建物よりも目立っていると感じる。
 門の前まで辿り着くと、それに気付いた庭先の使用人たちが揃って出迎えをしてくれた。

「おかえりなさいませ、クロウ様」

 外からそんな声が聞こえて、アウルは思わずビクッとなる。