二年ほど前まで数々の逸話を残して情報誌の一面を独占し続けてきた『血染めの貴公子』。
 魔法使いの家系が多いガーディニア王国でも指折りの名家であるエグレット公爵家の人間。
 さらにその中でも歴代最高峰の才覚を持って生まれたと言われている、現代最強と噂の凄腕魔法使い。
 敵国との数々の争いで華々しい戦績を刻み続け、容赦なく敵を葬り返り血に塗れる姿が印象的なことから、血染めの貴公子と呼ばれるようになったとか。
 感情が死滅したような冷酷さと無表情も相まって、冷徹無比の天才と恐れる人も多い。
 よもやそんな人物がこの辺境地で領主をしているとは思わず、アウルは改めて緊張してしまった。
 だが、誰もがその実力と残忍さに恐怖していると聞いているが……

「野垂れ死にたくなければついてこい。屋敷で食事を取らせてやる。魔物の餌になりたいのだったら話は別だがな」

 確かに表情と声音は噂の通り冷たい。
 口調も強引なもので気遣いなんかまったく感じられず、怯えている五歳児に対する態度ではなかった。
 はずなのに、彼の言動からどことなく温かいなにかをアウルは感じ取る。

(この人もしかして、俺のことを〝心配してくれた〟……のかな?)

 孤児院に任せず自分の屋敷で育てることにしたのは、本当に領地の有益になると考えてのことだったのか。
 貴族の家の出自のアウルなら、確かになにかしらの才能に恵まれている可能性はあるが、あくまでその家から勘当された子供である。
 貴族らしい才能を持っていない落ちこぼれと考えるのが自然ではないだろうか。
 そして孤児院に入ったからといって、身の安全が確実に保障されるわけではない。
 急遽孤児院を畳むことになって行き場を失う孤児は大勢いると聞くから。
 それを懸念して、自分で拾って育てることにしたという感じが、ほんのりと漂ってくる。
 クロウは常に無表情のため、その真意は窺い知れないが。

(とにかく今は、この人についていく以外に道はない。助けてもらった命を無駄にしちゃダメだ)

 クロウの心根は把握し切れないが、とにかく今は彼の言うことに従うしかない。
 その先にどんな不幸が待っていたとしても、ここで指を咥えて魔物の餌になるのを待つよりかは絶対にマシだ。
 そう決意を固めたアウルは、短い手足を懸命に動かして、命の恩人の背中を追いかけた。
 一度目の人生も合わせて生まれて初めて〝幸運〟に巡り合ったような気がすると、心の奥底で呟いたのだった。