○白川出版社 編集部 朝9時

葵のデスクに、山田編集長が厳しい表情で立っている。

山田編集長:「葵、ちょっと来い」

葵:「はい...」



○白川出版社 編集長室 朝9時10分

山田編集長:「これを見ろ」

資料を投げる編集長。葵が担当した企画書に、重大なミスがある。

葵:「! すみません、これは...」

山田編集長:「クライアントに送る前に気づいて良かった。一歩間違えれば、大問題だぞ」

葵:「本当に申し訳ございません」

山田編集長:「最近、集中力が欠けているんじゃないか?」

葵:「...」

山田編集長:「私生活で何かあるのか?」

葵:「いえ...気をつけます」

山田編集長:「頼むぞ。君は優秀な社員なんだから」

葵:「はい...」



○白川出版社 編集部 昼12時

葵が自席で資料を見直している。周囲の同僚たちがひそひそ話している。

同僚A:「葵ちゃん、最近ミス多くない?」

同僚B:「神崎社長のことで頭がいっぱいなんじゃない?」

同僚A:「仕事に集中してほしいよね」

その声が葵の耳に入る。

佐々木:「気にしないで、葵ちゃん」

葵:「ありがとう...でも、本当に私、ダメだね」

佐々木:「疲れてるんだよ。休憩しなよ」

葵:「うん...」



○白川出版社近くの公園 昼12時30分

一人でベンチに座り、コンビニのおにぎりを食べる葵。疲れ切った表情。

葵:「最近、何もかもうまくいかない...」

スマートフォンを見ると、蓮からのメッセージ。

「大丈夫? 疲れているようだけど。無理しないで」

葵:「なんで...私の状態を知ってるの?」

不気味に思いながらも、蓮の心配する言葉に少しだけ心が温まる。



○公園 昼12時45分

ベンチで座っている葵の隣に、蓮が座る。

葵:「! 蓮さん…?」

蓮:「偶然だね」

葵:「偶然...ですか」

蓮:「ああ。近くで会議があって」

葵は信じていないが、疲れていて反論する気力もない。

蓮:「顔色が悪い。ちゃんと食べてる?」

葵:「...食べてます」

蓮:「コンビニのおにぎりだけ?」

蓮が持っていた紙袋を差し出す。

蓮:「これ、良かったら」

中には、高級レストランの弁当が入っている。

葵:「いりません」

蓮:「遠慮しないで。君の健康が心配なんだ」

葵:「...」

蓮:「昨日、編集長に叱られたそうだね」

葵:「! なんで知ってるんですか?」

蓮:「君の会社と取引があるから、情報は入ってくる」

葵、不信感を抱く。

蓮:「でも、君のミスじゃない。疲れているだけだ」

葵:「私のミスです」

蓮:「無理しすぎているんだよ、君は」


○公園 昼13時

蓮:「葵、少し休んだらどうだ?」

葵:「仕事があります」

蓮:「君が倒れたら、意味がない」

葵、返す言葉がない。

蓮:「せめて、これだけでも食べて」

蓮が弁当を開けると、葵の好物が詰まっている。

葵:「...なんで、私の好きなものばかり」

蓮:「君のことを、ちゃんと見ているから」

葵:「それが怖いんです」

蓮:「怖い? 誰かに大切にされることが?」

葵:「度を超えています」

蓮:「度を超えているのは、君を放っておける人間の方だ」

葵、何も言えない。

結局、空腹に負けて弁当を受け取る。

葵:「...いただきます」

蓮:「ゆっくり食べて」

蓮は葵の隣で、ただ静かに見守っている。



○白川出版社 編集部 午後15時

葵のスマートフォンに隼人から電話がかかってくる。

葵:「はい、葵です」

隼人(電話音声):「葵さん、大丈夫ですか?」

葵:「隼人さん? はい、大丈夫ですが...」

隼人(電話音声):「実は、うちの会社に神崎コーポレーションから取引中止の通告が来まして」

葵:「え...!?」

隼人(電話音声):「理由は明示されていませんが...たぶん、僕があなたと会ったからだと思います」

葵:「そんな...ごめんなさい、私のせで...」

隼人(電話音声):「いえ、謝らないでください。でも、彼は本気ですね」

葵:「もう、会わない方がいいかもしれません」

隼人(電話音声):「それは嫌です。諦めませんから」

葵:「でも...」

隼人(電話音声):「大丈夫。僕の方で何とかします。葵さんは気にしないで」

電話が切れる。

葵、頭を抱える。

葵:「なんてことを...」


○神崎コーポレーション 社長室 夕方17時

田中秘書が報告している。

田中秘書:「エトワールとの取引、すべて中止しました」

蓮:「よくやった」

田中秘書:「しかし、社長...これは行き過ぎでは」

蓮:「行き過ぎ? 君には関係ない」

田中秘書:「葵さんのためだと言いながら、彼女を苦しめています」

蓮、睨みつける。

蓮:「もう一度言ってみろ」

田中秘書:「...失礼しました」

田中秘書が出ていく。

蓮、窓の外を見る。

蓮:「苦しめている...? 違う。僕は彼女を守っているんだ」



○白川出版社 編集部 夜19時

残業している葵。しかし、集中できず、またミスをしてしまう。

葵:「ああ...また...」

資料を修正している途中で、パソコンがフリーズする。

葵:「嘘でしょ...保存してない...!」

数時間の作業が水の泡。

葵、涙が溢れる。

葵:「もう...無理...」

デスクに突っ伏す葵。



○白川出版社前 夜21時

疲れ果てて退社する葵。目は赤く腫れている。

外は冷たい雨が降っている。傘を持ってきていない。

葵:「最悪...」

ずぶ濡れになりながら歩く葵。

そこへ、高級車が止まる。蓮が降りてくる。

蓮:「葵!」

葵:「...蓮さん」

蓮:「傘も持たずに...」

蓮が自分の傘を葵に差しかける。

蓮:「どうしたんだ? 泣いていたのか?」

葵:「...関係ないです」

蓮:「関係ある。君が泣いているのを見ると、僕の心が痛む」

葵:「...もう、放っておいてください」

力なく言う葵。

蓮:「それはできない。車に乗って。風邪を引く」

葵:「いりません」

蓮:「葵、頼む。僕を頼って」

葵、もう抵抗する気力もない。車に乗る。


○蓮の車内 夜21時15分

暖房の効いた車内。蓮がタオルを葵に渡す。

蓮:「髪を拭いて」

葵:「...ありがとうございます」

蓮:「何があった?」

葵:「...仕事でミスして」

蓮:「そうか」

葵:「全部、あなたのせいです」

蓮:「僕の?」

葵:「あなたのせいで、集中できない。あなたのせいで、隼人さんに迷惑をかけた」

蓮、沈黙する。

葵:「もう...疲れました」

涙が再び溢れる葵。

蓮は、葵の手をそっと握る。

蓮:「ごめん」

葵:「...え?」

蓮:「僕のやり方が、間違っていた」

初めて聞く、蓮の謝罪の言葉。

蓮:「君を守りたかっただけなのに、苦しめてしまった」

葵:「...」

蓮:「でも、諦めることはできない。君は僕にとって、唯一の光だから」

葵:「唯一の...光?」

蓮:「君に会うまで、僕の人生は暗闇だった」

○蓮の車内 夜21時30分

蓮:「僕は12歳の時、母を失った」

葵:「...」

蓮:「母は僕を守ろうとして、死んだ」

葵:「そんな...」

蓮:「それから、誰も信じられなくなった。誰も愛せなくなった」

蓮の目に、涙が浮かぶ。

蓮:「でも、君に会った時、初めて心が動いた」

葵:「蓮さん...」

蓮:「君の笑顔を見た時、母を思い出した。守らなければと思った」

葵:「だから...」

蓮:「そう。だから、君を失うことが怖くて仕方がない」

葵、蓮の過去を知り、心が揺れる。

蓮:「僕のやり方は間違っていた。でも、気持ちは本物だ」

葵:「...」

蓮:「君を愛している。それだけは、信じてほしい」


○葵のアパート前 夜22時

車が葵のアパート前に到着する。

葵:「ありがとうございました」

蓮:「葵、一つだけお願いがある」

葵:「何ですか?」

蓮:「これから、君が困った時は、僕を頼ってほしい」

葵:「それは...」

蓮:「強制じゃない。君の自由意志で」

葵、考え込む。

葵:「...考えます」

蓮:「それだけで十分だ」

葵が車を降りようとすると、蓮が呼び止める。

蓮:「葵」

葵:「はい?」

蓮:「おやすみ。いい夢を」

葵、小さく頷いて車を降りる。

部屋に入った後、窓から外を見ると、蓮の車はまだそこにある。

葵:「(彼は...本当に私を愛しているのかな)」

心が、少しだけ蓮に傾き始める。


○白川出版社 編集部 翌朝9時

出社した葵のデスクに、温かいコーヒーと栄養ドリンクが置かれている。

カードには「今日も頑張って。でも、無理はしないで。蓮」

佐々木:「また神崎社長から?」

葵:「...うん」

佐々木:「葵さん、表情が少し柔らかくなったね」

葵:「え?」

佐々木:「昨日までずっと暗かったけど、今日は違う」

葵:「そう...かな」

実際、葵の心には小さな変化が起きていた。



○白川出版社 会議室 昼14時

クライアントとのプレゼン。葵が企画を説明している。

今日は集中できている。

クライアント:「素晴らしい企画ですね。ぜひお願いします」

山田編集長:「ありがとうございます」

会議が終わった後。

山田編集長:「葵、よくやった」

葵:「ありがとうございます」

山田編集長:「やっぱり君は優秀だ」

葵、久しぶりに達成感を感じる。

すぐに蓮にメッセージを送る自分に気づく。

「今日、仕事がうまくいきました。ありがとうございます」

送信してから、はっとする。

葵:「私...何してるんだろう」


○神崎コーポレーション 社長室 昼14時30分

スマートフォンを見て、笑顔になる蓮。

蓮:「葵から...メッセージ」

すぐに返信する。

「おめでとう。君なら、できると信じていた。今夜、お祝いをさせてほしい」

田中秘書が入ってくる。

田中秘書:「社長、会議の時間ですが...」

蓮:「今日は機嫌がいい。ボーナスを出してやれ」

田中秘書:「え...?」

蓮:「君も、これまでありがとう」

田中秘書、驚く。

田中秘書:「社長...何かいいことが?」

蓮:「ああ。最高にいいことがね」


○高級レストラン 夜19時

蓮の誘いを受け入れ、ディナーに来た葵。

葵:「こんな高級なお店...」

蓮:「君のお祝いだから」

美しい夜景が見えるテーブル。

蓮:「今日は、君の成功を祝いたい」

葵:「ありがとうございます」

蓮:「それに...謝りたい」

葵:「謝る?」

蓮:「昨日も言ったけど、僕のやり方は間違っていた」

葵:「...」

蓮:「これからは、もっと君の意思を尊重する」

葵:「本当ですか?」

蓮:「ああ。君が嫌がることは、しない」

葵、信じていいのか迷っている。

蓮:「信じてもらえるまで、時間をかける」



○高級レストラン 夜21時

食事を楽しむ二人。蓮は今夜、完璧な紳士。

蓮:「葵、笑顔が素敵だ」

葵:「ありがとうございます」

蓮:「もっと、その笑顔を見ていたい」

葵、頬を赤らめる。

葵:「(彼といると...安心する?)」

自分の感情の変化に、戸惑う葵。

葵:「(これは...恋なの?)」



○葵のアパート前 夜22時

蓮が車で送る。

蓮:「今日は、楽しかった」

葵:「私も...楽しかったです」

蓮:「また、一緒に食事をしてくれる?」

葵:「...考えさせてください」

蓮:「もちろん。急がない」

葵が車を降りる。

葵:「蓮さん」

蓮:「はい?」

葵:「今日は...ありがとうございました」

蓮:「こちらこそ。おやすみ」

葵、部屋に入る。

鏡の前で、自分の顔を見る。

葵:「私...笑ってる」

久しぶりの、心からの笑顔。



○蓮の自宅 深夜0時

しかし、帰宅した蓮は、すぐにパソコンを開く。

画面には、葵の部屋の監視映像。

蓮:「今日は、うまくいった」

監視カメラは、まだ撤去されていない。

蓮:「少しずつ、君の心を掴んでいく」

蓮:「そして、完全に僕のものにする」

優しい表情の裏に、狂気が潜んでいる。