月明かりの下で、あなたに恋をした


そう思うのに……喉の奥がカラカラに渇いて、「好き」の二文字が言葉にならない。声に出すのが怖かった。

「気をつけて帰ってくださいね」

葛城さんが口元をゆるめた。

「はい……」

結局、私は何も言えなかった。小さく手を振り、改札へと向かう。

振り返ると、葛城さんはまだこちらを見ていた。私は会釈して、改札をくぐった。

「好き」って、言えなかった……。本当に私は、臆病者だ。



あの日から、葛城さんとの連絡は途絶えた。プレゼン資料作りに忙しいのだろう。

私も、会社の仕事に没頭した。担当していた化粧品ブランドのリブランディングは、クライアントにデザインを気に入ってもらえ、無事にプロジェクトは成功した。

「柊、良い仕事だったな」

戸田課長が褒めてくれた。

「ありがとうございます」

「最近、お前のデザイン、深みが出てきた。何かあったのか?」
「えっと……」

課長に、正直に話してもいいかな。

「実は……絵本を作っていました」
「絵本?」
「はい。美大時代の夢だったんですが、もう一度挑戦していて」

戸田課長が驚いたように目を見開いた。

「そうか。だから最近、お前の表現に温かみが出てきたんだな」

「そうかもしれません」

「頑張れよ。応援してる」

「ありがとうございます」

私は深く頭を下げた。

葛城さんと過ごした3ヶ月間で、私は変われた。「はい」だけでなく、自分の想いを人に伝えられるようになったんだ。