「庭の千草」狂詩曲

「郁、何してる? 周桜だ、側に」

貢が郁子を前に押し出した。

「元気だったか」

郁子には詩月が郁子を見つめて訊ねたが、口の動きだけで、詩月の声が上手く聞こえなかった。

「郁、もう少し前に。緊張しているのか?」

詩月は声を張り上げることはしない。

郁子は1歩、また1歩と詩月に近づいた。

「ずいぶん髪が伸びたんだな。手の具合はいいのか」

郁子の耳に詩月の掠れた細い声が、静かに穏やかに届いた。

「そう、願かけに伸ばしているの。やっとツェルニー40番、50番が演奏できるように」

「頑張っているんだな。緒方、かけて話さないか」

緒方は詩月が椅子に縋って立っていることに気づいて、「あっ」と声を漏らした。

「1ヶ月検査入院していた」

詩月は自嘲気味に笑った。

「郁、こっちだ」

貢が窓際の席から、手を上げ郁子を呼んだ。