「庭の千草」狂詩曲(ラプソディー)

「周桜の用心は徹底していて。歩く速さまで、急ぎ足もしないよな。かなりハードに用心している。ユリウス師匠宅に滞在していた時は驚いたよ」

「だろうな」

理久は突き放すように言って、アイス珈琲を飲み干した。

理久は貢が詩月の左足に気づいていなくてよかったと思った。

濃いめに淹れたアイス珈琲は、いつもよりほろ苦い味がした。

「少し濃いめだったか」

貢に訊ねた。

「薄いよりいいよ」

「貢。詩月は退院したら、モルダウで1曲弾きたいそうだ。解るか?」

「あっ……ああ。周桜が退院したら、伝える。まだ難しい曲は無理みたいだけどな」

貢は、一呼吸遅れで緒方郁子の顔を思い浮かべた。

詩月と郁子の実力差は、誰が演奏を聴いても最早(もはや)、明らかだ。

ライバルと云うレベルではない。

貢にはそれでも、詩月が共に演奏したいと思う心境が理解できなかった。