光堂 由宇。
吊り目、切り揃えられた長く柔らかな黒髪。
毎朝 家に来てくれる優しさも、自分の髪を寄付しようと思える心の広さも、全部大好き。
そして、今日、由宇にドッキリを仕掛ける。
ただのドッキリじゃなくて……“可愛い幼馴染”から、“男”になるための。
「起きて、ハルト。遅刻しちゃうよ〜」
布団に触れた由宇。
起きていたときは毎回、これにドキドキするけど、今日はお返しだ。
「―――起きてるよ、由宇」
寝起きで声が掠れているのが、一番の失態だったかも。
でも、由宇は目を丸くして、頬を赤く染める。
いつもの“可愛さ”から急に変わったせいで、怖がられているような気さえしてきた。
「……ふふっ、ドッキリだよ〜」
緊張をほぐそうと、おどけたように笑ってみせる。
「も……う。びっくりさせないでよーっ!」
可愛く怒る由宇に、僕はごめんごめん、と返す。
制服を引っ張り出して、着替える。
この間に由宇は外に出ていて、切り替えの速さに驚いた。
でも、顔を真っ赤にしてる由宇なんて、初めて見た……。
もう一押しかも……。
そんな自信を打ち砕いた二年の男子生徒。
僕とは違い、正統派イケメンって感じの男。
「おはよう。光堂」
軽い挨拶一つに、今朝の十倍は顔を赤くして、少し内気気味になりながら話す由宇。
「お、おはようございますっ、先輩!」
金沢さんに“付き合ってる”ってからかわれた時も、一生懸命否定していた。
僕は肯定したかったけど……。
「また、部活で」
見たことのないくらい幸せそうな由宇の表情を見て、どことなく察した。
―――あぁ、由宇は、もうとっくに“恋する乙女”だったんだ……。
ショックを受ける間もないくらい、憔悴していた。
それでも、長年抱え込んでいた感情は消えてはくれないんだ。
葉瑠という、今日まで名も知らなかった二年生に向けて嫉妬心をあらわにしてしまう。
由宇にそっとバイバイを告げて、二年を追いかけた。
「おい……葉瑠……だったか。お前、由宇のなんだよ」
驚いたような彼は、それでも平静にこちらを見据える。
「光堂の幼馴染か……。まぁ、ただの“部活の先輩”だ。……でも」
「でも、なんだよ」
「俺は光堂のことが好きだから。
多分、光堂は俺のことはなんとも思っていないだろうがな……
―――いつか、先輩ではなくなるつもりだ」
っ……恋敵、てやつ…………こんなカッコいいやつが……。
身長、知識、運動神経、人望。
そして、会ったばかりの他人にそれを言える、度胸。 現実を見る力。
何一つ、超えられる気がしない…………っ!
「名は……天樹、か」
「それが何か?」
イライラして応える。
「今、お前は幼馴染らしいが、そのままでいいのか?」
「は?どーゆー意味……」
「“友達として一番”の幼馴染の ままでいいのか?
どれだけあからさまなアピールをしても、付き合うにはそれだけでは駄目なのではないか?」
くっ……そんなこと、こいつに言われるまでもなく、分かって……。
「光堂の現時点での一番はお前だが、一年後もそうである可能性はどこにもない。
現に、彼女はよく告白されるだろう」
だから何だよ、と言いかけ、口をつぐんだ。
視線を逸らせないような、真剣な顔だった。
「二年後、三年後。お前は光堂の何になりたい」
シンプルな言葉なのに、それに対してムキになってしまっているのが分かる。
「んっ……なの…………」
付き合いたい。
たった一言。
それでも、こいつにそう告げることは、僕にとって決して容易くなかった。
「……その感情を自分で知らないのなら、言わなくても良いが」
そう言って背を向けた二年。
恋は戦だと、聞いたことがある。
戦場では、相手に背を向けることはないだろう。
今の僕は、あいつにとって、相手ですらないのだろうか……。
考えすぎだと分かっているのに、マイナスな考えが溢れ出してくる。
理由は、分かっているような気がした。
僕には、あいつ……葉瑠と競い合う、自信がないんだ。
「……ルト、ハールトー?遅刻しちゃうってば。ね、早く教室あがろ?」
「由宇……ん、分かった。行こう」
普段通りに笑顔な由宇。
きっと、自分を巡って、重い雰囲気の話が起きたなんて、思いもしないだろう。
一時間目は体育で、着替え時点で少し、ふらついていた。
葉瑠との話で、ショックを受けすぎていて……正気を保てなかったんだと思う。
「次、天樹」
「はい」
体育の中でもさらに憂鬱な、鉄棒をやらなくてはならない授業。
そこで、連続の逆上がりを何回できるかという、なんとも風変わりな催しがされていた。
九、十、十一、十二……ぐるぐると回りながら、気分が悪くなっているのが分かる。
「十五回!凄いな……流石だ」
「あぁはい……ありがとうございます」
フラフラと歩く。
ふとよろめき、そのまま倒れてしまった。
「キャーッ!」
由宇ではない誰かの声が聞こえた。
悲鳴だ。
血は出てないと思うし……なんてことないはずなのに、体が動かない。
こんな状況下でも、頭は朝の……葉瑠との会話を鮮明に覚えていた。
『二年後、三年後。お前は光堂の何になりたい』
恋人に、決まってるだろ……っ!
口に出せなかったその言葉を最後に、一度意識は途切れた。
「んん……」
目をこする。眠い……。そういえば、さっきまで寝ていたんだった。
「楓くん!遊びに行こう?」
可愛い声のする方へ向くと、由宇と葉瑠が手を繋いでいるのが分かった。
葉瑠が一緒にいるのはムカつくけど、由宇を見て、そんなこと気にならないくらい驚いた。
……由宇の髪が短い……ってことは、ヘアードネーション、もうしたのかな。
ボブヘアも可愛い……。
あれ……そういえば、今って、いつだっけ……。
「っ!」
目が覚めた。
そうだ……夢、だよね……。
ヘアードネーションし終わったってことは、一年後か、二年後のことか……。
自分じゃなくて、よりによってあいつが由宇と手を繋いでいる夢なんて……。
「はぁ……」
体育中に倒れて保健室行き、ベッドの上で溜息ばかり……。
「はー……僕、超ダサい」
つい口に出して、それからベッドに倒れ込む。
「言霊って、あるんだったな……気をつけよ」
由宇が昔言ってた……。
敵なんて考えていなかった、遠い昔のことを懐かしむように目を瞑る。
『はるとくん!』
昔の、スキンシップ多めな由宇。 ドキドキしながら振り返る。
『どーしたの?』
『言ったことって、ほんとになるんだよ!言霊ってゆーんだって!』
それがどーしたの……呆れた表情をして、僕は聞いた。
『えっとね、おばーちゃんに聞いたの』
へぇ……なんか可愛い。 それっきりでその話は絶え、公園でブランコを漕いで遊んだ。
その晩、由宇の言葉を思い出して、お母さんに宣言したんだ。
『あのねー!僕ね、絶対、由宇ちゃん と付き合う!』
「は、ハルトっ……だ、大丈夫?」
「っ……ゆ、う……うん、元気だよっ!」
由宇が保健室の扉から顔を覗かせる。
いつものきれいな声が少し掠れているような気がして、
心配なのに、その無防備さのせいで、少しの色気を感じてしまう。
「そう……?なら良かった……ごめんね、体調悪いの気づけなくって」
「なんで由宇が謝るの……?由宇は悪くないでしょ」
つい首を傾げる。
「……は、ハルトが倒れたの、私のせいでもあるから」
「へ?」
由宇を巡った話が原因だけど、由宇のせいってわけじゃないし、由宇は悪くないのに……。
「ハルトが倒れちゃったの、朝ごはん食べてなかったからでしょう?
私、気づいてたのに言えなくって……」
そうじゃないのに……思い当たる節はあるけど、絶対に由宇のせいじゃない。
だけど……必死に謝る由宇がいじらしくて……出来心が働く。
「あー……、気づいてたなら言ってよー!」
「ほんと、ごめん……」
「もうー。こっち、来て」
手招きして、近くに寄ってもらう。
「じゃあ、体調悪くなったら、由宇に責任取ってもらうね」
囁くと、にっこり笑った由宇。
「……分かったっ!ハルトの看病なんて、いつぶりかなぁ。小五以来だよねっ、懐かしー」
伝わってない……。
「じゃあ、おまかせするからね?」
「うん……っ、任せてハルト!」
先生には、給食まで戻らないそうですって言っとくから……と言い残し、部屋から出た由宇。
はー……鈍いなぁ、由宇。
吊り目、切り揃えられた長く柔らかな黒髪。
毎朝 家に来てくれる優しさも、自分の髪を寄付しようと思える心の広さも、全部大好き。
そして、今日、由宇にドッキリを仕掛ける。
ただのドッキリじゃなくて……“可愛い幼馴染”から、“男”になるための。
「起きて、ハルト。遅刻しちゃうよ〜」
布団に触れた由宇。
起きていたときは毎回、これにドキドキするけど、今日はお返しだ。
「―――起きてるよ、由宇」
寝起きで声が掠れているのが、一番の失態だったかも。
でも、由宇は目を丸くして、頬を赤く染める。
いつもの“可愛さ”から急に変わったせいで、怖がられているような気さえしてきた。
「……ふふっ、ドッキリだよ〜」
緊張をほぐそうと、おどけたように笑ってみせる。
「も……う。びっくりさせないでよーっ!」
可愛く怒る由宇に、僕はごめんごめん、と返す。
制服を引っ張り出して、着替える。
この間に由宇は外に出ていて、切り替えの速さに驚いた。
でも、顔を真っ赤にしてる由宇なんて、初めて見た……。
もう一押しかも……。
そんな自信を打ち砕いた二年の男子生徒。
僕とは違い、正統派イケメンって感じの男。
「おはよう。光堂」
軽い挨拶一つに、今朝の十倍は顔を赤くして、少し内気気味になりながら話す由宇。
「お、おはようございますっ、先輩!」
金沢さんに“付き合ってる”ってからかわれた時も、一生懸命否定していた。
僕は肯定したかったけど……。
「また、部活で」
見たことのないくらい幸せそうな由宇の表情を見て、どことなく察した。
―――あぁ、由宇は、もうとっくに“恋する乙女”だったんだ……。
ショックを受ける間もないくらい、憔悴していた。
それでも、長年抱え込んでいた感情は消えてはくれないんだ。
葉瑠という、今日まで名も知らなかった二年生に向けて嫉妬心をあらわにしてしまう。
由宇にそっとバイバイを告げて、二年を追いかけた。
「おい……葉瑠……だったか。お前、由宇のなんだよ」
驚いたような彼は、それでも平静にこちらを見据える。
「光堂の幼馴染か……。まぁ、ただの“部活の先輩”だ。……でも」
「でも、なんだよ」
「俺は光堂のことが好きだから。
多分、光堂は俺のことはなんとも思っていないだろうがな……
―――いつか、先輩ではなくなるつもりだ」
っ……恋敵、てやつ…………こんなカッコいいやつが……。
身長、知識、運動神経、人望。
そして、会ったばかりの他人にそれを言える、度胸。 現実を見る力。
何一つ、超えられる気がしない…………っ!
「名は……天樹、か」
「それが何か?」
イライラして応える。
「今、お前は幼馴染らしいが、そのままでいいのか?」
「は?どーゆー意味……」
「“友達として一番”の幼馴染の ままでいいのか?
どれだけあからさまなアピールをしても、付き合うにはそれだけでは駄目なのではないか?」
くっ……そんなこと、こいつに言われるまでもなく、分かって……。
「光堂の現時点での一番はお前だが、一年後もそうである可能性はどこにもない。
現に、彼女はよく告白されるだろう」
だから何だよ、と言いかけ、口をつぐんだ。
視線を逸らせないような、真剣な顔だった。
「二年後、三年後。お前は光堂の何になりたい」
シンプルな言葉なのに、それに対してムキになってしまっているのが分かる。
「んっ……なの…………」
付き合いたい。
たった一言。
それでも、こいつにそう告げることは、僕にとって決して容易くなかった。
「……その感情を自分で知らないのなら、言わなくても良いが」
そう言って背を向けた二年。
恋は戦だと、聞いたことがある。
戦場では、相手に背を向けることはないだろう。
今の僕は、あいつにとって、相手ですらないのだろうか……。
考えすぎだと分かっているのに、マイナスな考えが溢れ出してくる。
理由は、分かっているような気がした。
僕には、あいつ……葉瑠と競い合う、自信がないんだ。
「……ルト、ハールトー?遅刻しちゃうってば。ね、早く教室あがろ?」
「由宇……ん、分かった。行こう」
普段通りに笑顔な由宇。
きっと、自分を巡って、重い雰囲気の話が起きたなんて、思いもしないだろう。
一時間目は体育で、着替え時点で少し、ふらついていた。
葉瑠との話で、ショックを受けすぎていて……正気を保てなかったんだと思う。
「次、天樹」
「はい」
体育の中でもさらに憂鬱な、鉄棒をやらなくてはならない授業。
そこで、連続の逆上がりを何回できるかという、なんとも風変わりな催しがされていた。
九、十、十一、十二……ぐるぐると回りながら、気分が悪くなっているのが分かる。
「十五回!凄いな……流石だ」
「あぁはい……ありがとうございます」
フラフラと歩く。
ふとよろめき、そのまま倒れてしまった。
「キャーッ!」
由宇ではない誰かの声が聞こえた。
悲鳴だ。
血は出てないと思うし……なんてことないはずなのに、体が動かない。
こんな状況下でも、頭は朝の……葉瑠との会話を鮮明に覚えていた。
『二年後、三年後。お前は光堂の何になりたい』
恋人に、決まってるだろ……っ!
口に出せなかったその言葉を最後に、一度意識は途切れた。
「んん……」
目をこする。眠い……。そういえば、さっきまで寝ていたんだった。
「楓くん!遊びに行こう?」
可愛い声のする方へ向くと、由宇と葉瑠が手を繋いでいるのが分かった。
葉瑠が一緒にいるのはムカつくけど、由宇を見て、そんなこと気にならないくらい驚いた。
……由宇の髪が短い……ってことは、ヘアードネーション、もうしたのかな。
ボブヘアも可愛い……。
あれ……そういえば、今って、いつだっけ……。
「っ!」
目が覚めた。
そうだ……夢、だよね……。
ヘアードネーションし終わったってことは、一年後か、二年後のことか……。
自分じゃなくて、よりによってあいつが由宇と手を繋いでいる夢なんて……。
「はぁ……」
体育中に倒れて保健室行き、ベッドの上で溜息ばかり……。
「はー……僕、超ダサい」
つい口に出して、それからベッドに倒れ込む。
「言霊って、あるんだったな……気をつけよ」
由宇が昔言ってた……。
敵なんて考えていなかった、遠い昔のことを懐かしむように目を瞑る。
『はるとくん!』
昔の、スキンシップ多めな由宇。 ドキドキしながら振り返る。
『どーしたの?』
『言ったことって、ほんとになるんだよ!言霊ってゆーんだって!』
それがどーしたの……呆れた表情をして、僕は聞いた。
『えっとね、おばーちゃんに聞いたの』
へぇ……なんか可愛い。 それっきりでその話は絶え、公園でブランコを漕いで遊んだ。
その晩、由宇の言葉を思い出して、お母さんに宣言したんだ。
『あのねー!僕ね、絶対、由宇ちゃん と付き合う!』
「は、ハルトっ……だ、大丈夫?」
「っ……ゆ、う……うん、元気だよっ!」
由宇が保健室の扉から顔を覗かせる。
いつものきれいな声が少し掠れているような気がして、
心配なのに、その無防備さのせいで、少しの色気を感じてしまう。
「そう……?なら良かった……ごめんね、体調悪いの気づけなくって」
「なんで由宇が謝るの……?由宇は悪くないでしょ」
つい首を傾げる。
「……は、ハルトが倒れたの、私のせいでもあるから」
「へ?」
由宇を巡った話が原因だけど、由宇のせいってわけじゃないし、由宇は悪くないのに……。
「ハルトが倒れちゃったの、朝ごはん食べてなかったからでしょう?
私、気づいてたのに言えなくって……」
そうじゃないのに……思い当たる節はあるけど、絶対に由宇のせいじゃない。
だけど……必死に謝る由宇がいじらしくて……出来心が働く。
「あー……、気づいてたなら言ってよー!」
「ほんと、ごめん……」
「もうー。こっち、来て」
手招きして、近くに寄ってもらう。
「じゃあ、体調悪くなったら、由宇に責任取ってもらうね」
囁くと、にっこり笑った由宇。
「……分かったっ!ハルトの看病なんて、いつぶりかなぁ。小五以来だよねっ、懐かしー」
伝わってない……。
「じゃあ、おまかせするからね?」
「うん……っ、任せてハルト!」
先生には、給食まで戻らないそうですって言っとくから……と言い残し、部屋から出た由宇。
はー……鈍いなぁ、由宇。



