私の幼馴染は、人類最高に可愛い。
お世辞ではなくて、本当にこの上ない可愛さなの。
耳上までの、クリームイエローのふわふわの髪。コーラルピンクの丸くて大きな瞳。
背は高くはないものの低すぎず、同じくらいの目線で話せる。
話し方もどこか他の人とは違い、おっとりとしていて……とても優しい声の子だ。
名前はハルト。
フルネームは天樹晴斗、今年の七月で十三歳を迎える同い年の男の子だ。
私の名前は光堂由宇といって、親譲りの黒髪と吊り目が特徴の女子。
ヘアードネーションのために髪を伸ばしていて、いつも頑張って手入れをしてるの。
ヘアードネーションっていうのは、髪を失った人のために、
自分の髪の毛を寄付できるもので……自分の髪が、他の人の助けになるんだ。
«六時三十分を迎えました。それでは天気予報のお時間です、〇〇さーん»
「あっ、天気予報だ……もう行かなきゃ」
ハルトの家は 三軒先の一軒家。
いつも起きられないと言って布団にくるまっているから、
いつしか遅刻しないようにとお目付け役に任命されちゃったんだ。
まぁ、ハルトのことは嫌いじゃないからいいけど。
「はるとーっ!んもーっ、起きて、ハルト。遅刻しちゃうよ〜」
いつものように声を掛けて、ベッドに近づく。
“まだやだ……もーちょっと寝たいよぉ”、なんて言葉を予想しながら、布団に手をかけた。
「―――起きてるよ、由宇」
ゾクッ
心臓が大きく跳ねた。
「は……ると……っ?」
寝起きで少し掠れた声。普段と少し違う、綺麗で色気がある話し方。
いつもの、可愛いハルトじゃなくて……なんだかカッコいい、雰囲気。
「正解。由宇ってば、無防備すぎない?心配になる」
布団から顔を覗かせたハルトは、目を細めてこちらを見つめる。
少し潤んだ艶っぽい瞳に、私は思わず一歩後ずさる。
「ど、したの……はる、と」
普段との違いに少しの怯えがある私を見て、ハルトは体を起こして柔らかく笑った。
「……ふふっ、ドッキリだよ〜。驚かせちゃってごめんね、由宇」
な、んだ……どっきり……ドッキリか……。
「も……う。びっくりさせないでよーっ!ほら、急いで支度しよ?ほんとに遅刻しちゃう」
驚いちゃったじゃん……。
…………でも、私ってば内心、ハルトのことカッコいいって思っちゃった……。
ハルトは、私にとってずっと“可愛い”幼馴染、だったはずなのに……。
「分かったよぉ……あれ、えぇと、制服どこだっけ〜」
着替えを始めようとするハルトの部屋の扉を閉め、外に出る。
無駄に顔が火照っているのが分かる。
手で頬を抑える。 扉にかけられたルームプレートを見つめる。
あー……。
―――なんか、ドキドキしちゃったな……。
「入っていいよぉー」
「……う、うん……って、時間やばいかも……急いでっ!」
部屋に付けられた時計を見て、私は顔を青ざめさせた。
遅刻したら、ほんとに怒られちゃうっ……!
「ほんとだ……学校まで競争しよ、由宇!」
「うん……分かった!」
ご飯食べてないんじゃないかな……でも、急かしちゃったの私だし……言わなくて良いかな。
「ほらー!遅刻しちゃうよ、由宇ーっ」
手招きしてくるハルトの方へ、走り寄る。
「うん、分かってる!」
学校の門が見える。人がいっぱいいるし、間に合ったみたい……。
ふと、小学校以来ずっと仲のいい親友、知花ち もとい金沢知花を見つけ、大きく手を振る。
「やっほぉー!おはよー、知花ち!」
「おはよう由宇ー!今日もアツアツだねぇ〜」
手を口に当て、メガホンのようにしながら笑う知花ち。
「ち、ちがっ……そーゆーんじゃないんだってばー!もう……」
反射的に周りを見てしまう。
せ、先輩、いないよね……っ!?
二年生の、葉瑠先輩。
フルネームでいえば葉瑠 楓 先輩で、背が高くて文武両道な、新聞部の先輩。
超絶カッコいい男の人で…………私の、憧れの相手……!!
先輩にハルトと付き合ってるって誤解されちゃったら、ショックで倒れちゃうかも……。
「ねー……由宇は、僕と付き合ってるって勘違いされるの、嫌?僕のこと嫌い?」
首を傾げて聞いてくるハルトに、即答する。
「嫌いじゃないけど……勘違いされるのは、誤解が広まっちゃいそうで、ヤダ……かな」
「ふーん……」
歯切れ悪いハルトの返事。
なんかちょっと、珍しいかも……。
背後に気配を感じて、振り向いた。
「光堂。おはよう」
あまり高くなく、それでいて低すぎない良い声……葉瑠先輩。
「ひゃいっ……お、おはようございますっ、先輩!
……えっと……今日、部活、ありましたっけ……っ!?」
反射的に挨拶を返したけど、なんだか気まずくて、とっさに質問してしまったけど。
ひゃーっ……私ってば、失礼すぎだよーっ……!
「ん。部活、あったと思う。ちゃんと確認できて偉いな、光堂」
ぽん、と頭を撫でてくれた先輩。
「はっ、はい……また、部活で」
「あぁ」
そのまま歩き去っていく背中を見つめて、顔を手で抑える。
葉瑠先輩ってば、あんなの反則だっ……!
「部活の先輩だっけ、あの人」
「うん……」
「へぇ……僕も入れれば良かった」
そういえば……新聞部の人数の上限に達しちゃったみたいで、私しか入れなかったんだ。
「なんだかごめんね、ハルト」
そういえばその時、葉瑠先輩が『俺が部から出ようか』って言ってたっけ……。
部長に、“君は優秀だから退部しちゃだめだ”って止められてて。
ずっと前から信頼されてるのが分かって、その時から、私……。
私は恋愛思考に陥ってしまい、ハルトの一言はほぼ聞き流していた。
「バイバイ由宇。また放課後」
「んー……」
はー……部活、楽しみ……。


