『パティスリー・ルミエールは、1965年創業の洋菓子店です。「一つ一つ、心を込めて」を理念に、手作りにこだわってまいりました。しかし、近年は売上が減少。
Webサイトを通じて、当店の魅力を広く伝えたい。効率的な通販システムではなく、「店の心」が伝わるサイトを作りたいのです』
私は、企画書から視線を上げて窓の外を見た。
紅葉した木々。赤、オレンジ、黄色。色とりどりの葉が、風に揺れている。
均一な緑の葉より、不揃いに色づいた秋の葉の方が、確かに美しい。
変化することの美しさ。不完全だからこその魅力。
「でも、それをWebサイトで、どう表現すれば……」
私は、ずっと「正しいWebデザイン」を学んできた。
UI/UXの原則。ユーザビリティ。アクセシビリティ。
それらは、すべて「効率」と「機能」を追求するものだった。
「心」なんて、指標では測れない。数値化できない。
だから、わからない。
変わりたい……そう思った瞬間だった。
何気なく隣の席に視線を移した。
そして、私の心臓は大きく跳ね上がった。
隣の席には、ダークブラウンのショートマッシュヘアに、グレーのニットを着た男性が、静かに本を読んでいた。
秋の午後の光が、彼の横顔に柔らかく差し込んでいる。
集中した表情。時折、万年筆で何かメモを取っている。
あの万年筆──。
深い緑色。使い込まれた艶やかな光沢。
あれはきっと、手紙で見た万年筆だ。
彼の手には『映像論:不完全な光』という、古い映画論の本。
そっと確認する。
やっぱり、篠塚悠大さんだ。
私のクライアントが、こんなところに……!



