「それ、祖父が店を開いた時の写真です。1965年。まだ25歳だったんです」

篠塚さんが隣に立った。

写真の中の武男さんは、希望に満ちた表情をしていた。

その時、厨房から香ばしい香りが漂ってきた。バターと焼き菓子の、懐かしい匂い。

「焼けたよ」

武男さんが、タルトを持って出てきた。

金色に焼き上がったタルト。でも、焼き色に少しムラがある。形もわずかに歪んでいる。

「ほら、きれいな形じゃないでしょう?」

武男さんが柔らかく笑いながら言った。

「でもね、これが手作りの証なんだ。機械で作ったら、全部同じ形になる。だけど人の手で作ると、一つ一つ違う」

武男さんがタルトを切り分けてくれた。

「藤崎さん、食べてみて」

「いただきます」

フォークを入れた瞬間、サクッと軽やかな音。口に含むと、生地がほろほろと崩れて、カスタードクリームの甘さと、イチゴの酸味が交互に押し寄せる。

「美味しい……すごく、美味しいです」

声が震えていた。

技術だけじゃない。ここには、確かに想いがある。

「ありがとう」

武男さんが表情をほころばせた。

「私はこの味を、60年間守ってきたんだ。一つ一つ、心を込めて作っている」

武男さんが椅子に座った。

「藤崎さん。この店の魂を、伝えてほしい。美しい商品写真じゃなくていい。綺麗なデザインじゃなくていい。どんな人が、どんな想いで、お菓子を作っているか。そのことが伝わればいいんだよ」

武男さんの目が、静かに輝いていた。

「お客さんは、味だけを買いに来るんじゃない。この店の雰囲気を、買いに来てくれるんだ」

その言葉が、私の胸に深く刻まれた。

「わかりました。必ず、武男さんの想いを形にします」