「僕も昔は、完璧主義でした」

篠塚さんがコーヒーカップを両手で包む。

「広告代理店で働いていた頃、毎日終電まで働いて。体を壊したんです」

「それは……」

「過労で倒れて、1ヶ月入院しました。病院のベッドで、僕は考えました。何のために、完璧を目指していたんだろうって」

篠塚さんが顔を上げて、私を見つめた。

「退院したのが30歳の時。それから、祖父の店を手伝うことにしました。パティスリー・ルミエール──不完全だけど、人の手が感じられる店」

32歳の彼は、私より4つ年上。でも、その4年の差以上に、人生経験の差を感じた。

「それで……変わったんですね」

「はい。祖父に教わったんです。完璧じゃなくてもいい。不完全だからこそ、人間らしいって」

私たちは、しばらく沈黙した。

けれど、居心地の悪い沈黙じゃない。お互いの傷を分かち合った後の、心地よい沈黙。

窓の外では、秋の午後の光が少しずつオレンジ色に変わり始めていた。

「藤崎さん」

篠塚さんが口を開く。

「正直に言いますね」

真剣な表情。私は息を呑んだ。