「じゃあ、そろそろ返してもらってもいいかな?」
わたしがそう口にした次の瞬間、あろうことか彼はルーズリーフに書かれた文章を音読しはじめた。
「お賽銭を入れて⋯⋯」
そ、その一節は五ページ目の出だしの部分!
「こ、声に出して読まないで‼」
「やっぱり比高の小説じゃん」
「あっ⋯⋯」
わたしの負け。
我妻くんにその場しのぎの嘘は通用しなかった。
こうなったら逃げるしかない!
我妻くんの手からルーズリーフを奪い取って⋯⋯って、取れない。
わたしが手を伸ばすよりも先に、ルーズリーフを天高く掲げた我妻くん。
わたしたちの身長差は約二十センチ。
背伸びをしても、飛んでみても、ルーズリーフには手が届かない。
「悪いけど逃がす気ないから」
不敵な笑みを浮かべる我妻くんはじりじりと距離を詰めてくると壁に手を付き、わたしを壁と自分の間に閉じ込めた。
逃げ道を完全に封鎖されてしまった。
小説では何度も書いたことのある壁ドンをまさか自分が体験することになるなんて。
「もう一度聞く」
「は、はい⋯⋯」
「比高って小説書くんだな」
逃げ場をなくしたわたしは黙ってうなずくことしかできなかった。



