ばぁばはタクシーで家に帰り、わたしは自転車でひとり帰宅した。
ばぁばもうちに来るようにいったんだけど、鉄製の雨戸をぴっちり閉めるし、パトロールも強化してくれるから大丈夫だといってきかなかった。
ばぁばとママはあまり仲良くないようだし、ばぁばはもともと誰かを頼ることが好きじゃないみたい。
わたしのせいならどうにかしたいけど、どうにもならない。
なんでこんなことになったんだろ。
のどが渇いて冷蔵庫のお茶を一口飲む。
食器棚の前を通りかかり、なんとなく気になってしまった。引き出しにあったカード。あれにはなにか意味があるのかな。
おとぎ話の文面がみょうにしっくりするような気がするのは考えすぎか。
そっと引き出しを開けた。
レシートとかノートの切れ端にまみれてあのカードがある。
だが、書いてある文言がちがった。
『あかずきんをおそったオオカミは石を飲まされる』
どういうこと? あまりに符合して鳥肌が立つ。
他の引き出しも探ってみた。カードはこれ1枚しかない。
ママが黒幕? なにかの隠語とか暗号とか? いや、こんな派手なカードでやりとりするとかありえない。
だったら、偶然? 偶然こんなカードが?
どんな意味があるというの?
「ただいま」
玄関のドアが開く音がしてママが帰ってきた。
開けっぱなしになっているリビングに入ってくる。夕方で暗くなってきた室内に明かりが灯された。
わたしがいてママがギョッとしている。
「いたの」
「遅いじゃん」
「いつもと変わらないでしょ」
「いつもと変わらないからいってるんでしょ。なんで警察署に来なかったの」
ママは手荷物を抱えたままうんざりしたようにソファーにどっかりと座った。
「迎えに行かなくても解放されてるじゃない」
「そういう問題?」
「そもそも柚香のせいでしょ。あなたの彼氏が泥棒なんてするから。あなたが疑われないように警察に行って話す必要があったの。でもそれを先に言うと彼氏と連絡取ろうとしてさらに疑われることになるかもしれないからなにもいわなかったの。だから、正直に話してすぐに解放されたでしょ」
「知ってたってこと?」
「当たり前でしょ。保護者なんだから。柚香と話がしたいって警察から電話かかってきて、ほんと、びっくりしたわよ」
「ひどい……」
ママがこんなに薄情でわたしのこともばぁばのこともまったく心配していないことに震えた。怒りで? 悲しみで? もうわけのわからない感情で体の中が渦巻いている。
「じゃあ、このカードはなんなの」
みょうな文章が書いてあるあのカードを見せつけた。
「ああ、それ。よくわかんないんだけど、とりあえず犯人をあぶり出してくれたってことみたい。これ以上財産が目減りしたら大変だもの。他人の物に手を出すなんて強欲よ。悪い人は報復を受けてもらわないとね」
「照瑠が……悪い人……」
「だからいったじゃない。はじめから狙われていたのに気づかないなんて」
「ちがうよ。最初はアニメ好きで知り合ったんだもん」
「どうせ文章でのやりとりがほとんどでしょ。今じゃ宿題とか相談事とかAIに聞いたりもするっていうんだから、アニメの話題なんてお手のものじゃない。あなた、AIとやりとりしてただけなのよ」
「そんなはずは……」
実際、何回か会ってるし、ちゃんと会話だって成立していたように思う。興奮してわたしだけが一方的に話してたってことはない……って思いたい。
照瑠はもともと悪い人じゃない。
ならば、わたしが照瑠に悪い気を起こさせるようなことをいってしまったのがいけなかったのだ。
そうでなければ、このカードのせい?
「……このカード、これとはちがう文面もあったよね?」
「赤ずきんちゃんだっておばあさんのところへお使いに行くんだもの。ひまなあなたにばぁばを任せたらいいと思って。私にはやることがいっぱいあるから。他人にかまってられないの」
やっぱり、このカードだ。ママが悪い心で呪いをかけるから……
「他人ってなんなのよ! 本当のお母さんなのに、ひどいよ。もういい!」
わたしの中であらゆる感情が巡った。
カードを握りしめながら、なぜだかいうべき言葉が浮かんでいた。
『あかずきんはおばあさんとふたりきり、仲良く暮らしましたとさ』
カードを思いっきりママに投げつける。
するとカードは空中で青い炎をあげた。炎がママに向かって飛んでいく。悲鳴を上げるママにぶつかる直前、炎もろともカードはあとかたもなく消えた。
もうここにはいられない。一緒には暮らせない。
わたしは家を飛び出し、自転車にまたがってばぁばの家に向かった。暗くなった夜道を必死で走り抜ける。
ばぁばの家はこうこうと明かりがともっていた。玄関から前の道路まで明るくて、防犯のためにつけているようだった。
チャイムを押して「ばぁば、わたしだよ、開けて」と声をかける。
わたしだってわかるよね。羊の皮を被ったオオカミだなんて思ってないよね?
玄関前まで入っていってドアを叩く。
「ばぁば! 柚香だよ!」
時間が長く感じられた。
やがて玄関でがちゃがちゃと音がして扉が開いた。
「どうしたの。早く入って」
ばぁばはわたしを招き入れて、すぐにまた鍵をかけてチェーンもかけた。
わたしはばぁばにすがりついた。
「ばぁばと一緒に暮らしたい!」
「中で落ち着いて話しをしよう」
ばぁばはわたしが好きなココアを入れてくれて、病院で全部食べきれなかった落花生パイを出してくれた。
それからなにもかも全部、わたしが話したいだけ話して、全部話を聞いてくれた。
「柚香ちゃんがしたいようにすればいいけれど、ママにも納得してもらわないといけないかもね。羽田さんにも相談して」
ばぁばは騙されていたわけじゃなかった。わたしにも半分遺産を残したいと思っていたらしい。
ママと同級生だった羽田さんに頼んだら、ママだって恥ずかしいまねはしないんじゃないかって考えたみたい。
でもきっとムリだよ。
じぃじが亡くなったとき、ばぁばが財産全部をせしめたように勘違いして、そこからすれ違いがはじまったらしくて。
だから、たぶん話しても聞く耳を持ってないよ。
それならいっそのこと、わたしが全部を引き継ぐのもありじゃない?
この家で暮らして、わたしが主になるの。
もう誰にも奪われない。
わたしがこの家を守り抜いてやるんだから。
ばぁばもうちに来るようにいったんだけど、鉄製の雨戸をぴっちり閉めるし、パトロールも強化してくれるから大丈夫だといってきかなかった。
ばぁばとママはあまり仲良くないようだし、ばぁばはもともと誰かを頼ることが好きじゃないみたい。
わたしのせいならどうにかしたいけど、どうにもならない。
なんでこんなことになったんだろ。
のどが渇いて冷蔵庫のお茶を一口飲む。
食器棚の前を通りかかり、なんとなく気になってしまった。引き出しにあったカード。あれにはなにか意味があるのかな。
おとぎ話の文面がみょうにしっくりするような気がするのは考えすぎか。
そっと引き出しを開けた。
レシートとかノートの切れ端にまみれてあのカードがある。
だが、書いてある文言がちがった。
『あかずきんをおそったオオカミは石を飲まされる』
どういうこと? あまりに符合して鳥肌が立つ。
他の引き出しも探ってみた。カードはこれ1枚しかない。
ママが黒幕? なにかの隠語とか暗号とか? いや、こんな派手なカードでやりとりするとかありえない。
だったら、偶然? 偶然こんなカードが?
どんな意味があるというの?
「ただいま」
玄関のドアが開く音がしてママが帰ってきた。
開けっぱなしになっているリビングに入ってくる。夕方で暗くなってきた室内に明かりが灯された。
わたしがいてママがギョッとしている。
「いたの」
「遅いじゃん」
「いつもと変わらないでしょ」
「いつもと変わらないからいってるんでしょ。なんで警察署に来なかったの」
ママは手荷物を抱えたままうんざりしたようにソファーにどっかりと座った。
「迎えに行かなくても解放されてるじゃない」
「そういう問題?」
「そもそも柚香のせいでしょ。あなたの彼氏が泥棒なんてするから。あなたが疑われないように警察に行って話す必要があったの。でもそれを先に言うと彼氏と連絡取ろうとしてさらに疑われることになるかもしれないからなにもいわなかったの。だから、正直に話してすぐに解放されたでしょ」
「知ってたってこと?」
「当たり前でしょ。保護者なんだから。柚香と話がしたいって警察から電話かかってきて、ほんと、びっくりしたわよ」
「ひどい……」
ママがこんなに薄情でわたしのこともばぁばのこともまったく心配していないことに震えた。怒りで? 悲しみで? もうわけのわからない感情で体の中が渦巻いている。
「じゃあ、このカードはなんなの」
みょうな文章が書いてあるあのカードを見せつけた。
「ああ、それ。よくわかんないんだけど、とりあえず犯人をあぶり出してくれたってことみたい。これ以上財産が目減りしたら大変だもの。他人の物に手を出すなんて強欲よ。悪い人は報復を受けてもらわないとね」
「照瑠が……悪い人……」
「だからいったじゃない。はじめから狙われていたのに気づかないなんて」
「ちがうよ。最初はアニメ好きで知り合ったんだもん」
「どうせ文章でのやりとりがほとんどでしょ。今じゃ宿題とか相談事とかAIに聞いたりもするっていうんだから、アニメの話題なんてお手のものじゃない。あなた、AIとやりとりしてただけなのよ」
「そんなはずは……」
実際、何回か会ってるし、ちゃんと会話だって成立していたように思う。興奮してわたしだけが一方的に話してたってことはない……って思いたい。
照瑠はもともと悪い人じゃない。
ならば、わたしが照瑠に悪い気を起こさせるようなことをいってしまったのがいけなかったのだ。
そうでなければ、このカードのせい?
「……このカード、これとはちがう文面もあったよね?」
「赤ずきんちゃんだっておばあさんのところへお使いに行くんだもの。ひまなあなたにばぁばを任せたらいいと思って。私にはやることがいっぱいあるから。他人にかまってられないの」
やっぱり、このカードだ。ママが悪い心で呪いをかけるから……
「他人ってなんなのよ! 本当のお母さんなのに、ひどいよ。もういい!」
わたしの中であらゆる感情が巡った。
カードを握りしめながら、なぜだかいうべき言葉が浮かんでいた。
『あかずきんはおばあさんとふたりきり、仲良く暮らしましたとさ』
カードを思いっきりママに投げつける。
するとカードは空中で青い炎をあげた。炎がママに向かって飛んでいく。悲鳴を上げるママにぶつかる直前、炎もろともカードはあとかたもなく消えた。
もうここにはいられない。一緒には暮らせない。
わたしは家を飛び出し、自転車にまたがってばぁばの家に向かった。暗くなった夜道を必死で走り抜ける。
ばぁばの家はこうこうと明かりがともっていた。玄関から前の道路まで明るくて、防犯のためにつけているようだった。
チャイムを押して「ばぁば、わたしだよ、開けて」と声をかける。
わたしだってわかるよね。羊の皮を被ったオオカミだなんて思ってないよね?
玄関前まで入っていってドアを叩く。
「ばぁば! 柚香だよ!」
時間が長く感じられた。
やがて玄関でがちゃがちゃと音がして扉が開いた。
「どうしたの。早く入って」
ばぁばはわたしを招き入れて、すぐにまた鍵をかけてチェーンもかけた。
わたしはばぁばにすがりついた。
「ばぁばと一緒に暮らしたい!」
「中で落ち着いて話しをしよう」
ばぁばはわたしが好きなココアを入れてくれて、病院で全部食べきれなかった落花生パイを出してくれた。
それからなにもかも全部、わたしが話したいだけ話して、全部話を聞いてくれた。
「柚香ちゃんがしたいようにすればいいけれど、ママにも納得してもらわないといけないかもね。羽田さんにも相談して」
ばぁばは騙されていたわけじゃなかった。わたしにも半分遺産を残したいと思っていたらしい。
ママと同級生だった羽田さんに頼んだら、ママだって恥ずかしいまねはしないんじゃないかって考えたみたい。
でもきっとムリだよ。
じぃじが亡くなったとき、ばぁばが財産全部をせしめたように勘違いして、そこからすれ違いがはじまったらしくて。
だから、たぶん話しても聞く耳を持ってないよ。
それならいっそのこと、わたしが全部を引き継ぐのもありじゃない?
この家で暮らして、わたしが主になるの。
もう誰にも奪われない。
わたしがこの家を守り抜いてやるんだから。



