次の日。学校から帰る途中のことだった。
最寄り駅から自転車に乗り換え、風を切って走っていると、スマホの着信音が鳴った。しつこく鳴り止まないから、そんなに緊急の用事なのかと脇に自転車を停める。
見れば、ママだった。
「どうしたの」
ママから電話がかかってくるのはめずらしかった。だいたい一方的に文章を送りつけてくることが多いから。
「いま、どこ?」
「自転車で帰るところ」
「そう。ちょうどよかった」
またなにかわたしにお使いさせようとしているのか。イヤな予感がしてくる。
「あのね、ばぁばのうちにまた泥棒が入ったって」
「え? また? なんもないのに。そんなに入りやすいのかな」
「ばぁばがまた泥棒に出くわしたの」
「病院にいるんじゃなかったの?」
「退院して家に戻ったって。今、警察署にいるらしいの。詳しいことがよくわからないから、とりあえず行ってくれる?」
「わかった。ママは?」
「あとから行くから」
ママは忙しそうに電話を切った。
どうなってるんだろ。ひとりで帰れるほどに回復したのだろうが、また泥棒と顔を合わせるなんて。
でも、病院に運ばれたわけじゃないってことは、ケガはなかったということだよね。それだけでもよかった。
早く迎えに行かなきゃ。
さいわいとここからは近い。すぐに自転車で向かった。
警察署に着くとばぁばのところへ案内された。
小さな一室で女性警官に付き添われ、椅子に腰掛けていた。
「ばぁば!」
呼びかけたわたしの顔を見ると、ばぁばは申し訳なさそうにした。
ばぁばがどんどん小さくなっていく気がする。
「なんだかねぇ。こんなことになって。悪いねぇ」
「大丈夫なの?」
「なんてことはないよ」
「こちらが柚香さん?」
あいさつも自己紹介も忘れていた。
放っておかれた女性警官がじれたようにわたしの顔をのぞき込んだ。鋭い眼光に小さくうなずく。警察は頼りになるけど話をするのは苦手になってしまった。
「テルヤハルトは知ってますね」
いきなり聞かれて面食らう。そんな人物は知らないが、その名前の響きにもしやと不安が垂れ込める。
「おばあさんの淑子さんのご自宅で、柚香さんも強盗と出くわしましたよね。そのときあなたと一緒にいた人。お付き合いしているのよね?」
付き合ってはいない。でも、今はそんなことは関係ないかもしれない。
照瑠は本名じゃなかったんだ。知らなかった。
SNSで知り合ったんだから、そこで使っている名前と本名とは違うことはよくあることだけど――でも、なんで彼のことを聞いてくるのか。
警官はやさしい口調だけどわたしを問い詰めようとしているみたいだった。
「責めないで」
ばぁばはわたしの肩を抱いた。
そうしてわたしと目線を合わせると、ゆっくり落ち着いていう。
「病院から帰ってきたら、いたのよ、うちの中に」
「照瑠が?」
信じられない思いでめまいがしてくる。
厳しい顔して女性警官がつけくわえた。
「淑子さんは玄関から鍵を開けて入ったから気づかなかったみたいだけど、裏の窓ガラスが割られてました」
「はじめは柚香ちゃんになにか頼まれたのかなって。だっているとは思わないからこっちも混乱してて。そしたら急にお腹が痛いって騒ぎ出したの。額に脂汗かいてとても苦しそうだったから救急車を呼んで。救急隊に症状を聞かれると『このババアに石を飲まされた』って、もうわけがわからないうちに、警察も呼ばれて、ここに連れて来られたのよ」
ばぁばの混乱ぶりが伝わった。こっちもわけがわからない。
「照瑠は、なにをしてたの」
ばぁばが言いにくそうにしていると、女性警官が説明した。
「飲み込んだのはスワロフスキーだとわかりました。盗もうとしていたけれど、淑子さんが戻ってこられたので、とっさに飲み込んでしまったようです」
「盗む……ウソでしょう……」
「社交ダンスのドレスなんだけどね、もう着ないから処分するのに飾りのスワロフスキーだけ取っておいたの。わりと高いから。といってもガラス製の石なのね。ダイヤに比べたら安いの。それを知らずに高価なものだと思ったのかもね。小さな粒で、たくさんあって、それをほとんど飲み込んでしまったみたい」
照瑠が泥棒に入るなんて。せめてわたしとはまったく関係ない人のところへ行ってくれてたら……
そんな考えが浮かんで頭を振った。そんなのだってダメだよ。他の誰かならいいって、そんなのダメ。どんな理由があっても許されないよ。
女性警官はわたしが打ちひしがれているのも気にせず追求してきた。
「柚香さん、あなたがおばあさんの家を教えたんでしょう?」
「そんな言い方やめてください」
ばぁばと女性警官がもめている。
どこか遠くの話のように聞こえてきた。
ウソだといってほしい。
「一人住まいの高齢者がぎっくり腰で動けなくなっているって、それを聞いて仲間とくわだてたんですよ」
わたしのせいで、ばぁばが……先回りしていた泥棒に……?
そしてまた、ばぁばが入院して家にいないことを知って……
「気にしなくていいの。柚香ちゃんのせいじゃない。共犯者もそのうち捕まる。大丈夫だから」
気づいたら泣いていた。
なにもかもがウソであってほしかった。
わたしは、最初から照瑠に騙されていたの? それとも、泥棒に入れそうだと思わせてしまったから、悪い人になってしまったの? わたしのせいなの?
ちゃんと照瑠と話がしたい。
会わせて。
――だけど、それはかなわなかった。
照瑠はまだ入院しているみたいだったが、その後逮捕される予定で警察に見張られている。
スマホもすでに警察が持っているにちがいなかった。
最寄り駅から自転車に乗り換え、風を切って走っていると、スマホの着信音が鳴った。しつこく鳴り止まないから、そんなに緊急の用事なのかと脇に自転車を停める。
見れば、ママだった。
「どうしたの」
ママから電話がかかってくるのはめずらしかった。だいたい一方的に文章を送りつけてくることが多いから。
「いま、どこ?」
「自転車で帰るところ」
「そう。ちょうどよかった」
またなにかわたしにお使いさせようとしているのか。イヤな予感がしてくる。
「あのね、ばぁばのうちにまた泥棒が入ったって」
「え? また? なんもないのに。そんなに入りやすいのかな」
「ばぁばがまた泥棒に出くわしたの」
「病院にいるんじゃなかったの?」
「退院して家に戻ったって。今、警察署にいるらしいの。詳しいことがよくわからないから、とりあえず行ってくれる?」
「わかった。ママは?」
「あとから行くから」
ママは忙しそうに電話を切った。
どうなってるんだろ。ひとりで帰れるほどに回復したのだろうが、また泥棒と顔を合わせるなんて。
でも、病院に運ばれたわけじゃないってことは、ケガはなかったということだよね。それだけでもよかった。
早く迎えに行かなきゃ。
さいわいとここからは近い。すぐに自転車で向かった。
警察署に着くとばぁばのところへ案内された。
小さな一室で女性警官に付き添われ、椅子に腰掛けていた。
「ばぁば!」
呼びかけたわたしの顔を見ると、ばぁばは申し訳なさそうにした。
ばぁばがどんどん小さくなっていく気がする。
「なんだかねぇ。こんなことになって。悪いねぇ」
「大丈夫なの?」
「なんてことはないよ」
「こちらが柚香さん?」
あいさつも自己紹介も忘れていた。
放っておかれた女性警官がじれたようにわたしの顔をのぞき込んだ。鋭い眼光に小さくうなずく。警察は頼りになるけど話をするのは苦手になってしまった。
「テルヤハルトは知ってますね」
いきなり聞かれて面食らう。そんな人物は知らないが、その名前の響きにもしやと不安が垂れ込める。
「おばあさんの淑子さんのご自宅で、柚香さんも強盗と出くわしましたよね。そのときあなたと一緒にいた人。お付き合いしているのよね?」
付き合ってはいない。でも、今はそんなことは関係ないかもしれない。
照瑠は本名じゃなかったんだ。知らなかった。
SNSで知り合ったんだから、そこで使っている名前と本名とは違うことはよくあることだけど――でも、なんで彼のことを聞いてくるのか。
警官はやさしい口調だけどわたしを問い詰めようとしているみたいだった。
「責めないで」
ばぁばはわたしの肩を抱いた。
そうしてわたしと目線を合わせると、ゆっくり落ち着いていう。
「病院から帰ってきたら、いたのよ、うちの中に」
「照瑠が?」
信じられない思いでめまいがしてくる。
厳しい顔して女性警官がつけくわえた。
「淑子さんは玄関から鍵を開けて入ったから気づかなかったみたいだけど、裏の窓ガラスが割られてました」
「はじめは柚香ちゃんになにか頼まれたのかなって。だっているとは思わないからこっちも混乱してて。そしたら急にお腹が痛いって騒ぎ出したの。額に脂汗かいてとても苦しそうだったから救急車を呼んで。救急隊に症状を聞かれると『このババアに石を飲まされた』って、もうわけがわからないうちに、警察も呼ばれて、ここに連れて来られたのよ」
ばぁばの混乱ぶりが伝わった。こっちもわけがわからない。
「照瑠は、なにをしてたの」
ばぁばが言いにくそうにしていると、女性警官が説明した。
「飲み込んだのはスワロフスキーだとわかりました。盗もうとしていたけれど、淑子さんが戻ってこられたので、とっさに飲み込んでしまったようです」
「盗む……ウソでしょう……」
「社交ダンスのドレスなんだけどね、もう着ないから処分するのに飾りのスワロフスキーだけ取っておいたの。わりと高いから。といってもガラス製の石なのね。ダイヤに比べたら安いの。それを知らずに高価なものだと思ったのかもね。小さな粒で、たくさんあって、それをほとんど飲み込んでしまったみたい」
照瑠が泥棒に入るなんて。せめてわたしとはまったく関係ない人のところへ行ってくれてたら……
そんな考えが浮かんで頭を振った。そんなのだってダメだよ。他の誰かならいいって、そんなのダメ。どんな理由があっても許されないよ。
女性警官はわたしが打ちひしがれているのも気にせず追求してきた。
「柚香さん、あなたがおばあさんの家を教えたんでしょう?」
「そんな言い方やめてください」
ばぁばと女性警官がもめている。
どこか遠くの話のように聞こえてきた。
ウソだといってほしい。
「一人住まいの高齢者がぎっくり腰で動けなくなっているって、それを聞いて仲間とくわだてたんですよ」
わたしのせいで、ばぁばが……先回りしていた泥棒に……?
そしてまた、ばぁばが入院して家にいないことを知って……
「気にしなくていいの。柚香ちゃんのせいじゃない。共犯者もそのうち捕まる。大丈夫だから」
気づいたら泣いていた。
なにもかもがウソであってほしかった。
わたしは、最初から照瑠に騙されていたの? それとも、泥棒に入れそうだと思わせてしまったから、悪い人になってしまったの? わたしのせいなの?
ちゃんと照瑠と話がしたい。
会わせて。
――だけど、それはかなわなかった。
照瑠はまだ入院しているみたいだったが、その後逮捕される予定で警察に見張られている。
スマホもすでに警察が持っているにちがいなかった。



