待ち合わせ場所の駅に行くと、照瑠はすでに来ていた。
 白いパーカーにだぼっとしたカーキのパンツ。キメてくるといってたわりには、いつもと変わらない格好だった。高身長でかっちりした体つきの照瑠はなにを着たってきまってるんだけどね。

 わたし、張り切りすぎたかな。
 練習を重ねてきた編み込みヘアに、ボレロ風のカーディガン。膝が隠れる丈のスカート。そしてバックル付きのパンプス。
「あ、それ、もしかして?」
 照瑠はわたしをまじまじと見ながら気づいた様子を見せた。
「わかった?」
 アニメに登場するキャラを模してみたのだ。ファンがそれっぽい服を着てアクスタ持って写真を撮るっていうのが界隈ではやっていた。
「すごいじゃん。写真撮ってあげるよ」
「お願い!」

 わたしはスマホを渡して撮ってもらった。
 自撮りじゃないってことは、誰かに撮ってもらってるってことで、それは誰かと一緒にいるってこと。
 これから映画にも行くんだ。充実した休日だよね。
 照瑠とも一緒に撮りたかったけど、スマホが戻ってきたからいう機会を逃してしまう。
 まだチャンスはあるよ。そんなにグイグイいったら嫌われちゃうかもだし。

 おしゃべりしながら時間待ちしてバスに乗り、ショッピングモールへ向かった。
 ランチはおしゃれなカフェで。バーニャカウダのサラダとクラブハウスサンド、皮付きフライドポテトをシェアした。
 映画はもう興奮しっぱなしだったし、会場内が一体感あって来てよかったなって感動した。
 そのあともママから送られてきたリストにある買い物をして、ふたりで荷物持ってバスに乗って、全部が楽しかった。
 寄り道どころじゃなく、思いっきり満喫しながらばぁばの家に行く。
 日が落ちるまでにはまだ充分時間があった。

 住宅街の一軒家で、周辺は住人しか通りかからないような静かなところ。
 チャイムを押してしばらく待ってみるが、なんの反応もなかった。
「どうしたんだろ。出かけられるほど回復してないと思うんだけど」
「トイレかな」
「それもあるよね。歩くだけでも時間かかりそうだから、あわてさせるのもよくないんだけど」

 わたしはスマホから電話をかけてみた。コールが鳴るだけで出ない。
「動けないのかな」
「裏へ回ってみよう。入ってもいいよね?」
「うん。このままでは帰れないよ」

 わたしは少し怖くなっていた。
 ばぁばになにかあったのか。倒れて頭を打ち付けたとか、よくないことが頭をよぎる。
 門扉を開いて敷地内へ入っていく。
 玄関のドアに手をかけたが、鍵がかかっていた。とくに物音も聞こえず、ここからでは中の様子が見えない。

「こっちから」
 わたしが先に立って案内する。右へ入っていくと庭がある。そこから家に入れる大きな窓があった。
「ばぁば、いるの? 柚香だよ」
 声をかけて窓に手をかける。鍵はかかっていなかった。

 視界をさえぎっているレースのカーテンをひくと、ソファーの間から足が見えた。ソファーに隠れて体が見えないってことは、倒れてるってことだ。
「ばぁば!」
 靴を脱ぐのももどかしく駆け寄る。

 わたしはその惨状に絶句した。
 後ろ手にガムテープが巻かれ、口にもガムテープが貼られている。さっきまで気づかなかったが、よく見たら足にまで巻かれていた。

「どうして……」
 ばぁばと目が合って、意識があるとわかり、とりあえずはホッとする。
 手を伸ばして顔に張り付いたテープを取ろうとした。そのとき、後ろから肩をぐいっとつかまれ、何者かの腕に中で拘束された。

「柚香!」
 照瑠が窓から入ってくると、「動くな」と耳元で男が声を張り上げた。目の前で刃物をちらつかせる。
 恐怖で腰が抜けてしまった。男も一緒に床に崩れるが、照瑠は身動きひとつとらなかった。

 そしてどこからかやって来たもう一人の男が照瑠に近づく。
 全身黒ずくめで顔も目の部分だけがあいたニット帽をかぶっている。
「後ろに手を回せ」
「わかったから、なにもするな」
「うるせぇ。指図するな」
 わたしたちはあっという間にばぁばと同じようにテープで巻かれた。

 強盗?
 闇バイト?
 何者であろうと大差はない。とにかく、わたしたち3人は生き延びたかった。抵抗しないのが一番だ。
 照瑠がいることでわたしはこれでもだいぶ落ち着いていた。いなかったらどうなってただろう。泣きわめいて、殴られたりしていただろうか。

 理不尽すぎて本当に泣きそうだ。窓際で転がされてる照瑠だって、悔しいにちがいない。
 お願いだから早く帰って!
 文句を言いたいのをこらえて歯を食いしばる。

 侵入者は二人だけであったようだ。大きな黒いバッグを1つ手に取ってすぐに出て行った。
 それを見届けると照瑠がすくっと立ち上がって、ピョンピョン跳ねてこちらへやってきた。後ろ向きになって手首に巻かれたわたしのテープをはがしにかかる。

 あまりうまくいってないようだった。
 時間がかかってやっと手が自由になり、わたしは自分で口元のテープをはがした。
「照瑠、ほんとにありがと」
 すると照瑠は何かいいたそうにうめいた。照瑠の口をふさいでいるテープをはがす。
「オレはいい。先に警察に電話して。ばあちゃんをほどいてやって」
「わかった!」

 わたしはバッグからスマホを取り出した。
 手をきつく縛られていたからか、手元がくるって落としてしまう。
 スマホは跳ねて転がり、カバーが外れて飾りの一部も欠けて飛んでいった。
 スマホを拾おうとすると、キラキラとしたカードが落ちていることに気づいた。赤いフードをかぶった女の子がカゴを抱えている、そんな絵が描かれていた。

 カバーの間に挟まっていたのかな。でも、こんなカード入れた覚えはない。
 いや、落ちているのはこれだけじゃなかった。部屋が荒らされたのか、引き出しがひっくり返されて小物が散乱している。
 このカードはばぁばの物かもしれない。
 わたし、うろたえすぎて、ぜんぜん周りの状況が見えてなかった。

 ああだけど今はそんなことはどうでもいい。
 初めてのことで緊張したけど、警察に電話をかけて、ふたりの拘束を解いていった。