なにを奪われるのがイヤかって、時間を奪われること。
時間は自分のために使いたい。
やらなきゃいけないことは山積みで、それでなくても足りないのに。みんなが家でもやってることはわたしもやんなきゃいけない。学校で置いてけぼりをくらいたくないし、好きな人との時間はもっと大事。
家族との時間も大事かもしれないけどさ。何番目に大事かといったら、ずっと下の方。
家族って、そういうところから超越したところに存在しているから、家族をないがしろにしたって、壊れるものじゃないって思っていた。
だからかな。壊れるときはわたしが家族を大事にしていたかなんて、関係ないことがある。
たとえば、パパとママが離婚したとき。わたしは悪い子じゃなかったし、パパとママと一緒に暮らしたかったけど、わたしの意見はなんも反映されることなく離婚が決定していた。
パパとママが勝手に決めたこと。そういうわけだから、家の用事をしたり、家族のことに時間を使ったりするのは優先事項じゃなくていい。
「ばぁばがぎっくり腰になったんだって」
朝食の時間だった。
ママは焼き上がった食パンをそのままわたしに差し出しながらいった。
目の前に置いてあるマーガリンを自分でつけて食べろってことらしい。
ふわふわのホットケーキとかハムエッグとかママお手製の野菜ポタージュとか焼き鮭がどーんとのったお茶漬けだとか、そんな食卓は遠い昔のこと。
ママも家庭で使う時間が減ってるんだから、わたしも気にせず自由にする。
だが、そうもいってられないようだ。
話の道筋が見えてきて、わたしは不機嫌にマーガリンをぬりたくった。
ばぁばはママの実家で一人暮らしをしている。ばぁばは離婚したわけじゃなくて、じぃじに先立たれた。フルタイムではないが、パートでレジ打ちしてるし、元気でパワフルな人だ。
「動けないわけじゃないんだけど、買い物が難しいらしい」
ばぁばは車を運転できるし、なんでもひとりで出来る人だ。
むしろ離婚したママを心配して実家に戻ってきてもいいんだよといってたこともある。
わたしが小学生だったこともあったし、そっちの方が楽だったと思う。だけど、今まで一緒に暮らしたことがない人と生活するのを想像すると、なんか気詰まりな感じがあって、わたしはそうじゃなければいいなって、内心思ってた。
けっきょく、ママはそうしないでたまにばぁばに来てもらって、わたしの面倒を見てもらっていたのだった。
だけどさ、ばぁばが手伝ってあげていたのはママのことだよ。ママがわたしを面倒見る代わりに見てくれたんだから。ママがばぁばにお返しをするのは当然のこと。
わたしからすれば、「ばぁばに頼んだわけじゃない」ってことになるんだけど、高校生にもなってさすがにそれをばぁばにいうのは人外すぎてヤバイ。
ママはもう出かける準備をしてソファーからバッグを拾い上げた。メイクはばっちりだが、食事をとったかは知らない。
「今日、仕事が入っちゃったから。お使い頼まれてくれない?」
財布を取り出し、お札をテーブルに置く。5000円札。新しい人に変わったんだよね。誰だっけ?
返事をしないままぼんやり見ていたら、ママはリビングから出て行こうとしていた。
「リストはあとで送る」
「わたしが行くこと前提なの?」
「しょうがないでしょ」
ママはわたしと同じくらいムスッとしている。
なんでだよ。文句をつけたいのはこっちだ。
「わたしだって用事あるよ。今日、出かけるっていったよね」
「ちょっと買い物くらい出来るじゃない」
「ママだって出来るんじゃないの」
「出来たら頼んでない」
それだけいうと出て行った。
なにより仕事が最優先。生活していく上でそれは一番大事。
わかってるけど一言いわせて。
勝手に人生変えてあくせくしているのに、理解を示すのは当然とばかりにこっちまで巻き込まないでほしい。
いろいろ飲み込んでトーストをかじった。
「はぁ……」
わたしがやるしかないのはわかってる。なにも介護をしろってわけではない。わざわざ人を雇うことでもないし。
――あ。そうだよ。
ばぁばはパートに出なくても余裕で暮らせるほどお金を持っている。家にこもらずにすむ方法として習い事より働くことを選んだような人だ。わたしより生きる気力を持っている。
いまどきネットでも買い物を済ませられるんだから。行ったら教えてあげようかな。それはちょっと嫌味? でも、便利だよ。ばぁばだってこちらに迷惑をかけない方法があるのなら知りたいかもしれないし。
とりあえず、照瑠に断りを入れないと。
照瑠はネットで知り合った大学生だ。
わたしはSNSで推してるアニメの話題をよく出していたんだけど、近くの駅限定で売られているご当地マスコットを買ってきて写真を撮った。
それに反応して照瑠は「あやうく逃すところだった」と、数時間後に「学校帰りにゲット」と写真をアップした。それで、彼もこの近辺に住む学生だと知ったのだった。
そこからはもう仲良くなるのに時間なんていらない。ドーナツショップのコラボ商品が販売されるから並ぼうってなったとき、リアルで会った。
今日はそのアニメの映画を見に行く予定だ。ムビチケ買ってすでに日時まで指定している。それだけは絶対に外せない。
午後1時半のスタートだから、それまでにランチして、そのあとは感想会のためにお茶する約束だ。
今から買い物行って、ばぁばのうちに行ってくる。なんとか間に合うかな、どうかな。
そのことを照瑠にメッセージアプリで伝えるとすぐに返事が来た。
『大変そうじゃん。ばあちゃんち、どのへんなの』
わたしはばぁばの家の近くにある大きな病院の名前をあげた
すると『このへん?』と、地図が送られてきた。
わたしはばぁばの家のあたりに印をつける。
『だったら、映画見たあと買い物するのはどう? そのへんバスも停まりそうだし』
映画館はショッピングモールにあるから、それもありだ。でも、映画を見たあとの予定がくるってしまう。
どうしようか悩んでいたらまた届いた。
『あ、でも、昼メシまでにいるかんじ?』
そっか。何が入り用なのか考えてなかった。
そうだよな。食べるものが何もなかったから困るよね。
とりあえず、ばぁばに電話しよう。ばぁばは文章のやりとりが得意じゃないから、そっちのほうが手っ取り早い。照瑠まで巻き込んでしまった以上、ちゃんと話を聞いておかないと。
ばぁばはすぐに電話に出た。
「ママに聞いたよ。だいじょうぶ?」
「恥ずかしいやらなにやら、まったく情けない」
ばぁばはいつもの調子でぼやいた。
「ごはん、食べれてる? ママに買い物頼まれたんだけど」
「もう。すぐに柚香ちゃんに押しつけるんだから。休みの日にゴメンね。非常食用のパスタとか缶詰とか、食べるものはまだあるし、飢えてるわけじゃないんだけど、ちょっと飽きてきたなってだけだからさ。だから急がなくてもいいんだよ。ママに頼むから。車で行ってくれたらすぐなのにね」
「いいよ。夕方でもいいなら持ってくよ。ママはあてにならないよ」
ばぁばはおかしそうに笑った。
「そうだね。ありがとね。来られなかったら、ママに頼んでね」
やっぱり、ばぁばはわたしに気を遣っている。
家に行ったら、スーパーでも配達してくれるところを教えてあげよう。
電話を切って照瑠に状況を知らせる。
『じゃあ、映画見たあと一緒に買い物しよ。荷物持ちがいたほうがいいっしょ』
『ありがと。でもそこまで付き合わせちゃうのも悪いな』
『どうせ一緒にいる予定だったじゃん。時間いっぱいまで一緒にいよ』
『ほんとにありがと! じゃあ今から準備してめかしこむ』
『じゃあオレもばっちりキメる』
照瑠は2コ上で本当に頼りになる。
ママはネットで繋がったと知ったら顔をしかめたけど、やっぱ固定観念があって古いんだよね。なんだったら、ばぁばの方が「今はそうなんだね」って、すっと受け入れてくれるくらいだ。
予定を修正することになったけど、照瑠のやさしさが知れてうれしい。
「遅れないようにしなくちゃ」
味気ない朝食を片付けてウキウキ気分を呼び寄せた。不満顔なんてしてられない。今から楽しそうな顔を用意しておかないとね。
時間は自分のために使いたい。
やらなきゃいけないことは山積みで、それでなくても足りないのに。みんなが家でもやってることはわたしもやんなきゃいけない。学校で置いてけぼりをくらいたくないし、好きな人との時間はもっと大事。
家族との時間も大事かもしれないけどさ。何番目に大事かといったら、ずっと下の方。
家族って、そういうところから超越したところに存在しているから、家族をないがしろにしたって、壊れるものじゃないって思っていた。
だからかな。壊れるときはわたしが家族を大事にしていたかなんて、関係ないことがある。
たとえば、パパとママが離婚したとき。わたしは悪い子じゃなかったし、パパとママと一緒に暮らしたかったけど、わたしの意見はなんも反映されることなく離婚が決定していた。
パパとママが勝手に決めたこと。そういうわけだから、家の用事をしたり、家族のことに時間を使ったりするのは優先事項じゃなくていい。
「ばぁばがぎっくり腰になったんだって」
朝食の時間だった。
ママは焼き上がった食パンをそのままわたしに差し出しながらいった。
目の前に置いてあるマーガリンを自分でつけて食べろってことらしい。
ふわふわのホットケーキとかハムエッグとかママお手製の野菜ポタージュとか焼き鮭がどーんとのったお茶漬けだとか、そんな食卓は遠い昔のこと。
ママも家庭で使う時間が減ってるんだから、わたしも気にせず自由にする。
だが、そうもいってられないようだ。
話の道筋が見えてきて、わたしは不機嫌にマーガリンをぬりたくった。
ばぁばはママの実家で一人暮らしをしている。ばぁばは離婚したわけじゃなくて、じぃじに先立たれた。フルタイムではないが、パートでレジ打ちしてるし、元気でパワフルな人だ。
「動けないわけじゃないんだけど、買い物が難しいらしい」
ばぁばは車を運転できるし、なんでもひとりで出来る人だ。
むしろ離婚したママを心配して実家に戻ってきてもいいんだよといってたこともある。
わたしが小学生だったこともあったし、そっちの方が楽だったと思う。だけど、今まで一緒に暮らしたことがない人と生活するのを想像すると、なんか気詰まりな感じがあって、わたしはそうじゃなければいいなって、内心思ってた。
けっきょく、ママはそうしないでたまにばぁばに来てもらって、わたしの面倒を見てもらっていたのだった。
だけどさ、ばぁばが手伝ってあげていたのはママのことだよ。ママがわたしを面倒見る代わりに見てくれたんだから。ママがばぁばにお返しをするのは当然のこと。
わたしからすれば、「ばぁばに頼んだわけじゃない」ってことになるんだけど、高校生にもなってさすがにそれをばぁばにいうのは人外すぎてヤバイ。
ママはもう出かける準備をしてソファーからバッグを拾い上げた。メイクはばっちりだが、食事をとったかは知らない。
「今日、仕事が入っちゃったから。お使い頼まれてくれない?」
財布を取り出し、お札をテーブルに置く。5000円札。新しい人に変わったんだよね。誰だっけ?
返事をしないままぼんやり見ていたら、ママはリビングから出て行こうとしていた。
「リストはあとで送る」
「わたしが行くこと前提なの?」
「しょうがないでしょ」
ママはわたしと同じくらいムスッとしている。
なんでだよ。文句をつけたいのはこっちだ。
「わたしだって用事あるよ。今日、出かけるっていったよね」
「ちょっと買い物くらい出来るじゃない」
「ママだって出来るんじゃないの」
「出来たら頼んでない」
それだけいうと出て行った。
なにより仕事が最優先。生活していく上でそれは一番大事。
わかってるけど一言いわせて。
勝手に人生変えてあくせくしているのに、理解を示すのは当然とばかりにこっちまで巻き込まないでほしい。
いろいろ飲み込んでトーストをかじった。
「はぁ……」
わたしがやるしかないのはわかってる。なにも介護をしろってわけではない。わざわざ人を雇うことでもないし。
――あ。そうだよ。
ばぁばはパートに出なくても余裕で暮らせるほどお金を持っている。家にこもらずにすむ方法として習い事より働くことを選んだような人だ。わたしより生きる気力を持っている。
いまどきネットでも買い物を済ませられるんだから。行ったら教えてあげようかな。それはちょっと嫌味? でも、便利だよ。ばぁばだってこちらに迷惑をかけない方法があるのなら知りたいかもしれないし。
とりあえず、照瑠に断りを入れないと。
照瑠はネットで知り合った大学生だ。
わたしはSNSで推してるアニメの話題をよく出していたんだけど、近くの駅限定で売られているご当地マスコットを買ってきて写真を撮った。
それに反応して照瑠は「あやうく逃すところだった」と、数時間後に「学校帰りにゲット」と写真をアップした。それで、彼もこの近辺に住む学生だと知ったのだった。
そこからはもう仲良くなるのに時間なんていらない。ドーナツショップのコラボ商品が販売されるから並ぼうってなったとき、リアルで会った。
今日はそのアニメの映画を見に行く予定だ。ムビチケ買ってすでに日時まで指定している。それだけは絶対に外せない。
午後1時半のスタートだから、それまでにランチして、そのあとは感想会のためにお茶する約束だ。
今から買い物行って、ばぁばのうちに行ってくる。なんとか間に合うかな、どうかな。
そのことを照瑠にメッセージアプリで伝えるとすぐに返事が来た。
『大変そうじゃん。ばあちゃんち、どのへんなの』
わたしはばぁばの家の近くにある大きな病院の名前をあげた
すると『このへん?』と、地図が送られてきた。
わたしはばぁばの家のあたりに印をつける。
『だったら、映画見たあと買い物するのはどう? そのへんバスも停まりそうだし』
映画館はショッピングモールにあるから、それもありだ。でも、映画を見たあとの予定がくるってしまう。
どうしようか悩んでいたらまた届いた。
『あ、でも、昼メシまでにいるかんじ?』
そっか。何が入り用なのか考えてなかった。
そうだよな。食べるものが何もなかったから困るよね。
とりあえず、ばぁばに電話しよう。ばぁばは文章のやりとりが得意じゃないから、そっちのほうが手っ取り早い。照瑠まで巻き込んでしまった以上、ちゃんと話を聞いておかないと。
ばぁばはすぐに電話に出た。
「ママに聞いたよ。だいじょうぶ?」
「恥ずかしいやらなにやら、まったく情けない」
ばぁばはいつもの調子でぼやいた。
「ごはん、食べれてる? ママに買い物頼まれたんだけど」
「もう。すぐに柚香ちゃんに押しつけるんだから。休みの日にゴメンね。非常食用のパスタとか缶詰とか、食べるものはまだあるし、飢えてるわけじゃないんだけど、ちょっと飽きてきたなってだけだからさ。だから急がなくてもいいんだよ。ママに頼むから。車で行ってくれたらすぐなのにね」
「いいよ。夕方でもいいなら持ってくよ。ママはあてにならないよ」
ばぁばはおかしそうに笑った。
「そうだね。ありがとね。来られなかったら、ママに頼んでね」
やっぱり、ばぁばはわたしに気を遣っている。
家に行ったら、スーパーでも配達してくれるところを教えてあげよう。
電話を切って照瑠に状況を知らせる。
『じゃあ、映画見たあと一緒に買い物しよ。荷物持ちがいたほうがいいっしょ』
『ありがと。でもそこまで付き合わせちゃうのも悪いな』
『どうせ一緒にいる予定だったじゃん。時間いっぱいまで一緒にいよ』
『ほんとにありがと! じゃあ今から準備してめかしこむ』
『じゃあオレもばっちりキメる』
照瑠は2コ上で本当に頼りになる。
ママはネットで繋がったと知ったら顔をしかめたけど、やっぱ固定観念があって古いんだよね。なんだったら、ばぁばの方が「今はそうなんだね」って、すっと受け入れてくれるくらいだ。
予定を修正することになったけど、照瑠のやさしさが知れてうれしい。
「遅れないようにしなくちゃ」
味気ない朝食を片付けてウキウキ気分を呼び寄せた。不満顔なんてしてられない。今から楽しそうな顔を用意しておかないとね。



