御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて

月日が経つにつれ、神楽坂蓮の態度はわずかに変化していた。冷徹な社長としての顔は変わらないが、二人きりの時、特に夜の彼は、以前よりも優しく、そして情緒的になった。独占欲は依然として強いものの、その独占欲には、明らかに「愛情」という熱が加わっていた。

ある日の午後、琴音はリビングで真柴から渡された書類に目を通していた。それは、家族の負債整理が完全に完了したことを示す、最終報告書だった。

「これで、ご家族の抱えていらっしゃった問題は、すべて解決いたしました。社長の目的の一つは、これで達成されたことになります」
真柴は冷静にそう告げた。

「ありがとうございます、真柴さん。そして、蓮に」
琴音は、これで家族が完全に救われたことに安堵の息を漏らした。貧乏学生として苦しんでいた日々は、もう過去のものになった。

しかし、その安堵はすぐに、別の恐怖へと変わった。
真柴は、タブレットを操作し、契約書のある項目を指差した。
「望月様。契約期間の終了まで、残り二ヶ月となりました」
「二ヶ月……」

契約期間は一年。琴音はその事実を承知していたが、蓮への愛が芽生え、深まった今、その期限が現実味を帯びて迫ってくることが、心臓を鷲掴みにされたように恐ろしかった。

「契約の更新は、社長の判断になります。望月様ご自身が更新を希望されても、社長が必要ないと判断されれば……」
真柴は、琴音の不安を煽るつもりはないのだろうが、淡々と事実を告げた。
(私は、蓮の隣にいるための『必要性』を満たせている?)

琴音は、真柴から渡された書類を握りしめた。彼女の本来の目的――家族の救済は完了した。彼女が蓮の隣にいる理由は、もう彼に「妻」としての役割を与える以外にない。

夜、蓮が帰宅するのを待つ間、琴音は居ても立っても居られなかった。豪華なタワーマンションも、高級な調度品も、彼女の心を潤すものではなかった。彼女が欲しいのは、蓮の隣という「場所」だった。

蓮は、いつもより少し疲れた顔で帰宅した。
「おかえりなさい、蓮。今日もお疲れ様」
「ああ」
彼はそう言って、琴音の隣のソファに腰掛けた。
「蓮。家族の負債整理、すべて完了したって、真柴さんから聞いたわ。本当にありがとう」

蓮は、ワイングラスを傾けながら、平静を装って答えた。
「当然だ。契約の履行だ。それに、君は私の名誉を保つために、完璧な妻を演じている。互いにWin-Winの関係だろう」

その言葉は、琴音の心に冷たい水を浴びせるようだった。彼は、依然として「契約」と「合理性」で自分を武装している。

夕食後、琴音は意を決して、蓮に尋ねた。
「蓮。私たち、契約の期間が、もうすぐ終わるわ」
蓮は、コーヒーを飲む手を止め、静かに琴音の瞳を見つめた。
「知っている」
「……あなたは、どうしたい?契約は、更新するの?」

蓮は、すぐに答えなかった。その沈黙が、琴音を不安のどん底に突き落とす。
「君はどうしたい?契約の妻としての役割は、君にとって重荷ではないか」
蓮は、敢えて琴音に問い返した。まるで、彼女が「重荷だ」と答えれば、すぐに契約を破棄する用意があるかのように。

「重荷ではないわ。私は、あなたの妻としていることが……幸せよ」
琴音は、正直な気持ちを伝えた。震える声に、彼女の切実な願いが込められている。

蓮は、その言葉を聞いても、無表情だった。
「私は今、事業を拡大する時期にある。君は、優秀な『妻』だ。社交界での評判も悪くない」
彼の言葉は、すべてビジネスの論理に終始していた。
「だから、更新するの?」

「それは、その時の状況次第だ。君の存在が、私の利益になるならば」
彼の口から、愛情や独占欲といった、あの夜の言葉は一切出てこなかった。彼は、再び、冷徹な社長に戻ってしまっていた。

その夜の情事も、激しい独占欲と愛に満ちていた。蓮は、いつものように琴音の体を熱で支配し、彼女に自分の名を呼ばせた。
しかし、琴音の心は、満足できなかった。

(この愛は、契約の延長線上のもの?それとも、本当に彼が私を求めているから?)
愛を交わし終え、蓮が安堵したように眠りについた後、琴音は一人、静かに涙を流した。

隣にいるのに、心が遠い。彼の愛は、強引で、熱いのに、その言葉は冷たい氷のように、彼女の心を凍らせる。
「私にはもう、あなたがいない生活なんて考えられないのに……」

契約の終了が近づく恐怖は、琴音の蓮への愛を、より一層切実なものにしていった。彼女は、彼が「利益」ではなく、自分自身を求めていることを、彼の口から聞きたいと、強く願った。