ふたりに面識があったとか玲が深い感情に突き動かされたとかそういうわけではなく、きっととっさの行動だったのだろう。
しっかり者で頼れる玲は、困っている人を放っておけない性格だ。
特に危険な目に遭っている人が目の前にいたら、我が身も顧みずに飛び込んだっておかしくない。
強くて優しい、そんな性格が完全に裏目に出たのだ。
(……悔しい)
震えるほどきつく手を握り締める。
不思議といま一番強く湧き上がってくるのはそんな思いだった。
分かっている。春野さんが悪いわけじゃない。
彼女だって被害者だ。
だけど、割り切れない。受け入れられない。
玲が庇わなければ────なんて、どうしても考えてしまう。
それは、春野さんが死ねばよかった、と言っているのと変わらないのに。
最低でも、だけど俺は玲の兄なんだ。
悔やんでも悔やみきれず、追いやることも飲み込むこともできないどす黒い感情。
胸の内側に重く滞留して息が苦しくなった。
(きみが……きみさえいなければ、玲は……!)
遠目に憎々しく彼女を睨めつけ、きつく唇を噛み締める。
逆恨みか八つ当たりか、沸き立つほど滾る激情に芯から覆われていった。
ぶつけようのないそれに飲み込まれたそのとき、ふいに周囲の空気が変わった。
身体の表面から伝わる異質な感覚。
はたと強張りがほどけたとき、目の前に見知らぬ少女が立っていることに気がついた。
「え……?」
白みがかった艶やかな金色の髪をそなえる彼女は、何の色もない無表情でこちらを見下ろしている。
その背中にはふわふわした羽根のようなものが見えていた。
白色のワンピースから伸びる透き通るような手足も、まるで人間離れしていて息をのんだ。
「きみ、は……」
やけに声が反響して、訝しく思いながらあたりを見回す。
驚くべきことに、俺と彼女以外の一切の姿が消えていた。
ものの輪郭は光でふちどられ、境界がぼやけている。
まるで夢と現実のあわい。
いったい、何が起きているのだろう……?
「天命を預かってここへ来たの」
淡々と澄んだ声で言ってのけると、膝を折って俺の前に屈む。
す、と差し出されたそのてのひらには、青い薔薇の花びらが1枚載っていた。
戸惑いながらも受け取って眺める。
冴え渡るような鮮やかな青色だった。
「わたしは……正しい運命のもと、余計な犠牲者が出ないようにしたいと考えてる」
「それ、って……?」
「死ぬべき者は死に、生きるべき者は生きる。それが正しい運命。紛うことなき神の意」



