「あのさ、今日一緒に帰ろう」
その声が耳に届いた瞬間、はっと息を吹き返した気分だった。
霧が晴れて焦点が合い、くぐもっていた音がクリアになっていく感覚。
わたしはまた“今日”の朝に戻ってきていた。
「……花菜? どうかした?」
呆然とするわたしを訝しんでか、郁実が不安気に首を傾げる。
心臓が早鐘を打ち、油断ならない拍動を繰り返していた。
(そうだ……)
放課後の空き教室で見つけた遺体。
玲ちゃんに手をかけたのは、ほかでもない郁実だった。
そこに現れた柊先輩と真白先輩。
柊先輩は嘘みたいに冷酷に豹変して、わたしに包丁を向けてきた。
刃に込められていたのは、確かな憎悪と殺意。
そして何より、あの砂時計は────。
(何が……どうなってるの……?)
ぐらぐらと足元が揺らいでいるような錯覚を覚えた。
目の前にいる郁実はあくまでいつも通りで、とても“昨日”の彼とは結びつかない。
人を殺すなんて想像もつかない。
ありえない。
それなのに、そう思えば思うほど背中が冷たくなっていく。
「花菜……?」
不安そうに揺れるその瞳も何だか底知れない。
分からないことだらけで、ひどく恐ろしい。
「ご、めん。ちょっと……待ってて」
思わずあとずさってしまいながら、きびすを返して階段を駆け上がっていく。
取り繕うように浮かべた笑みも引きつって、余裕のなさを自覚した。
頭の整理が追いつかない。
郁実を一旦振り切って屋上へ出ると、おぼつかない足を止める。
「御影……!」
とにかく落ち着かない心持ちで彼を呼んだ。
気が張り詰めて、芯から凝り固まっていくような気がした。
頭上にはいっそ悲しくなるほど爽やかな朝の空が広がっている。
雲の隙間から日が差しても、肌寒い感覚が抜けない。
「何だよ、そんな青い顔して」
ほどなく現れた彼は相変わらず飄々とした様子で、一段高くなっている屋上のふちに腰を下ろした。
フェンスはないものの、余裕が窺えるせいか不思議と危なっかしくは見えない。
「教えて。“昨日”、何が起きたの? 郁実がしたこともだし、柊先輩の行動も……」
「もう何となく見当はついてるんじゃねぇか? 少なくともシュウに関しては」
心臓が大きく音を立てて沈んだ。
先輩が手にしていた砂時計を思えば、自ずとひとつの答えにたどり着く。
「柊先輩も……タイムリープしてる?」
「ご名答」
御影はにやりと口の端を持ち上げて笑った。
まさか、本当に?
彼もわたしと同じように“今日”を繰り返しているの?



