メリーでハッピーなトゥルーエンドを


 わたしの遺体の傍らに屈む彼を見つめた。
 赤い血溜まりはまるで、薔薇の花びらの絨毯(じゅうたん)みたい。

 人だかりも喧騒(けんそう)も霞んで、わたしたちしか見えなかった。

 郁実はしきりに「花菜」と呼びながら、とうに温度をなくしたわたしの手を握っている。
 (すが)るように、祈るように。

 白い頬を伝う涙を見ていたら、胸を貫かれたような感覚がした。

(ごめん。ごめんね)

 直接、伝えたい。この心ごと、ぜんぶ。
 もう一度抱き締めて、あふれる涙を拭ってあげたい。

 だけど、いまのわたしにはもうひとつとして叶わないから────。

 周囲の人だかりをすり抜けて進み、郁実の隣に屈んだ。
 こんなふうに自分と対面することに妙な心地を覚えながら、彼の横顔を見上げる。

 儚げで優しくて綺麗で、懐かしい。
 あたたかくてほっとする、わたしの居場所。

 寂しいけれど、しばらくの間だけお別れしよう。

「ありがとう、郁実。……またね」

 これまでみたいに笑いかけてみせると、そっとその手に触れる。

 触れられないはずなのに、てのひら越しにその温もりを感じたような気がした。
 いつか来る“そのとき”まで、決して忘れたくない。

「……別れは済んだか? 時間でも止めてやろうか。やじ馬が邪魔なら結界も張ってやるぞ」

 いつの間にか姿を消したと思っていた御影が、またいつの間にか戻ってきてそばに佇んでいた。
 淡く笑いながら首を横に振る。

「十分だよ、大事なことは伝えられたし。わたしも一番伝えたいことは言えなかったけど……伝えるのはたぶんいまじゃない」

「そうか」

 答えながら立ち上がると、御影は相変わらず責めも褒めもしないでただ頷いた。

 悠々と歩き出した彼のあとを追いかけ、並んで歩き出す。

「御影もありがとう。色々言いながらもずっと助けてくれてる。本当は優しいんだね、悪魔のくせに」

「だから、勘違いすんなよ。おまえじゃなくておまえの魂のためだって言ってんだろ」

「はいはい、そういうことにしとく」

 つい笑ってしまうと、御影は不服そうな顔をしていた。
 けれど、それ以上の否定は諦めたみたいだ。

 ────一度、足を止めて振り返る。
 今度こそ、郁実を失うことなく救えた。

(見えなくても、触れられなくても、気づかれなくても……そばにいる。ひとりにはしないよ)

 また、その笑顔が見られる日まで。

 再び歩き出すと、伸びたふたつの影が揺れながら、光を集めて(さら)っていく。
 そろそろ逢魔(おうま)(とき)だ。

 “今日”に託し、明日へと繋いだのは希望。
 誰にもバッドエンドとは呼ばせない。

 言わば、これはメリーでハッピーなトゥルーエンドだ。



【完】