「お願い。頼むからそれだけはやめて。花菜だって本望じゃないはずだよ」
「…………」
「あの痛みも苦しみも知ってるでしょ……? もう一度味わいたいの? 怖くないの? “次”はないんだよ」
切に響く彼の声にひどく感情を揺さぶられ、心を覆っていた蝋にひびが入る。
受け入れるために必死で上から固めたのに、たったいま音を立てて砕けた。
押し殺していた本心が顔を覗かせた瞬間、こらえきれずに涙が落ちていく。
「怖いよ……」
蝋の隙間から、掠れた声に乗って本音がこぼれた。
「嫌だよ。死にたくなんてない。このまま郁実とお別れなんていや……!」
彼の腕にしがみついたまま叫ぶ。
滲んだ視界で光が溶け合って、眩しい粒が散った。
一度は遠い存在になったはずの郁実と、また隣で笑い合える日々が手の届く距離にあるのに。
わたしにとって彼がどんなに大切か、いまさらだけれどようやく気づけたのに。
「僕もそうだよ。僕が死にたくない以上に、花菜を失いたくない」
目の前の光がいっそう増した。
貫かれた胸の痛みでまたあふれた涙を、こらえる術も止める方法も知らない。
(でも、それでも……決めた)
これほどの痛みを覚えたのは、わたしだって同じだからだ。
郁実を失いたくない。
最初に目の前で彼を失ったときの衝撃も、何をしても救えなかった絶望も、いまもまだ少しも褪せない。
その上でまた郁実を犠牲にするなんて、最後の最後まで守られるだけなんて、やっぱり耐えられるわけがない。
本来、死ななくていいはずの彼を身代わりにはできない。
玲ちゃんのことだってそうだ。
正直なところ、玲ちゃんを死なせたくないというよりは、郁実にこれ以上手を汚して欲しくなかった。
柊先輩も柊先輩だけれど、郁実も郁実だ。
わたしなんかのために自分の心を殺して、両手を血に染める選択をした。
その上、自分の命まで差し出した。
臆病で弱いわたしには、彼と同じだけの覚悟はないかもしれない。
だけど、郁実を救いたい思いは本物だ。
それは、生きていて欲しいだけじゃない。
この繰り返した“今日”の中で、郁実が失ったものを取り戻したいんだ。
わたしのために懸けてくれたすべてを、彼に返したい。
それが本当の意味でのわたしの選択。
最後に出した答えだ。



