(今度こそ救うよ、郁実のことも)
心の中で運命に宣戦布告して、ポケットから砂時計を取り出した。
鮮やかな赤い薔薇。こぼれ落ちていく砂。
静かに眺めてから砂時計を振り上げると、そのまま投げつけた。
校舎の壁に当たって、ぱりん、と音を立てながら砕け散る。
「春野さん……」
「これが、わたしの出した答えです」
地面に広がる砂糖みたいな砂と、星屑みたいなガラス片と、散った薔薇の花びら。
目を落としたまま凜と答えてみせる。
柊先輩と真白さん、御影にそれぞれ目をやってからきびすを返した。
郁実のことはどうしても見られなくて、逃げるように足を速める。
「花菜、待って」
とっさに呼び止められ、そんなつもりはなかったのに立ち止まってしまう。
それでもやっぱり振り向けなくて、せめて溶けるほど小さな声を絞り出した。
「ごめん……っ」
口にした瞬間、喉の奥が締めつけられる。
郁実からも涙の気配からも逃れたくて校舎へ入ると、慌てて階段を駆け上がっていった。
屋上は傾いた陽で眩しくて、光を帯びた雲が何だか近く感じられる。
いままでに見たどの“今日”の空より綺麗だ。
あとはただ、残された選択肢をわたしが選び取るだけ。
そうすれば“今日”は終わり、結末を越えて明日を迎えられる。
「花菜……!」
ふちの方へ踏み出したそのときだった。
ふいに呼ばれ、また意思に反して足が止まる。
余裕を失い、息を切らせる郁実の声と眼差しがわたしを捕らえて離さない。
それでも、無理やり振り払おうと思ったのにそれさえ叶わなかった。
一歩進む前に追いつかれたからだ。
背後から強く抱き締められる。
「……っ」
「待って。これ以上は行かせない」
郁実の気配、温もり────いつもより近い声も、話すたび耳にかかる吐息も、髪の先が触れるくすぐったさも、ぜんぶがわたしの胸を焦がした。
ぎゅう、と抱きすくめられ、また喉の奥が締めつけられる。
身体以上に心が苦しかった。
「郁実……」
「考えてることはお見通しだよ。何しようとしてるか、僕が分からないわけないでしょ」
回された腕に思わず触れると、いっそう力が込められた。
……どうしてだろう。
こんなに近づいたことも、こんなふうに触れられたことも初めてなのに、何だか懐かしい気がする。



